5
影が――動く!
ヒュ!
そんな音を立てて、二つの影が対照的な方向に動いた。
ファムナスはヒトガタである宮古の方へ、そして雪音は咲夜に化けた宮古の方へ、である。
そして謀ったように、ほぼ同時にその手にもつお互いの刀を振り下ろし――
眼前の敵の直前でぴたりと止め、すばやく腰を落としファムナスは右へ、そして雪音は気配を絶ち、それぞれの左から再度刃を唸らせた!
ヒット!
「……消えた!」
ヒトガタのそれを薙ぎ払ったファムナスの声があがった。
彼の前にいたヒトガタは、ふぅっと薄くなったかと思うと、ひらひらと一枚の小さな紙になって、舞った。
彼が愛刀でその紙を二分割すると同時に、後方から聞きなれたその声がする。
「宮古の術は未完成だ。
攻撃を受けたり精神的にダメージをおうと、その呪術対象は消える。そうだろう?」
雪音がファムナスに説明するように言いながら、後半を目の前のそれに向けて言い放った。
咲夜の格好をしたそれは、間合いをとりながら呪文の詠唱に入り――
ファムナスが雪音のほうへと、走り出す。
――詠唱に入り、雪音を睨みつけながらその手に光を集める。
雪音はそれを止めるように、唐突に間合いを詰めて腰を落とすとそのまま身体をぶつける。
よろめく彼女。
しかし呪文の詠唱は止めない。
そしてそれは完成し、彼女の両手に抱えきれないほどの蒼い光の柱が――
彼女は、唐突に後方を向くと、その光をこちらに近づいていたその男に放った!
「ファム!」
「承知っ」
雪音の、叫び声に近いそれをファムナスはさえぎるようにそう返事して、襲いくるその光に怯むことなく地を蹴る。
飛躍。
そして身体をねじり、彼はそれらを避け、彼の頬や肩を掠めたそれがつくる爆音を背後に、一気に咲夜――宮古との間合いをつめた!
「はぁっ!!」
気合と共に刃は振り下ろされ、宮古の肩を狙う。
同時に雪音は彼女の足を狙い、華月を横に凪いだ。
彼女は雪音の攻撃を飛ぶことでかわし、しかしファムナスのそれは、右腕を犠牲にすることで防ぐ。
「2対1は分が悪いんじゃないか、宮古!?」
雪音の声に――宮古は笑った。
「それはどうでしょうね?」
とたんに、彼女の手が振られた瞬間、何かが雪音の首を締め付ける。
「っ!?」
そのまま彼女の元へ引き寄せられ、強く、首をしめられる。
「雪音殿っ」
声が闇に響くと同時に、ファムナスは[彼女に近づき]手にもつそれを、鞭で雪音の首を締め付けるその女に突き立てた!
「なに……いつ………」
彼女が目を見開き、隣で刀を突き刺すファムナスを見る。
「…拙者、火事場のバカ力というものを、たった今体験したようでござるな」
隠形。
そう、ファムナスが使ったのは、まさしくそれである。
雪音の首から鞭が流れるようにずるり、と落ちる。
刀を抜き、そして、宮古の身体は崩れ落ちた。
「………ごほ、ごほごほっ」
「大丈夫でござるか?」
「…死ぬでしょう……」
今にもそこに倒れそうな雪音にファムナスはそう声をかけて――けれどそれは、倒れたままやっとのように口を開く宮古に阻まれた。
彼女は肩を上下させ、雪音を見ると、愉快そうな口調でそのセリフを言い始めた。
「あの…あの娘…死ぬわ……。
貴方が殺すの……雪音、貴方が……」
あの娘というのが誰のことかなんて、雪音には愚問である。
彼女は、紗希のことを言っている。
さらに続ける。
「貴方は……逃げた。修羅に、おちた、くないからって、逃げました。
……でも、本能で、は…楽しんでるんでしょう…闘いを、血を、悲鳴を……」
「…黙れ」
「大事なら、側に……置くべきでは………
断言、します……貴方は、あの娘を、そして…街のヒトを、殺す。
誰のためでも…無…、それ、は、自分の快楽のために……」
「黙れ」
「貴方が雪音である限り、それは、付いてまわって……可哀相…哀れ、な、男………ふふふ…」
「黙れ!!」
華月が、美しいまでの線を描き、宮古の体を突き刺した。
「……雪音殿、どういうことでござる?」
怪訝そうに首をかしげるファムナスに、雪音は自嘲するように微笑んでゆっくり口を開いた。
「説明するよ」
事のあらましを説明するというのは、自分のやってきたことも話さなければならないということ。
しかし、ココまでやらせておいて話さないわけにもいかない。
……ただ、これがファムナスでなく別の人間だったなら、話したかどうかは疑問であるが。
雪音はぽつりぽつりと自分のやってきたことと、そして自分の置かれている状況を話す。
「…そうでござったか」
ファムナスの深く頷くその言葉を聞いてから、彼は今回のことを話し始めた。
「…咲夜は俺の仲間だった。宮古も、だ。
宮古は以前からマザーになりたがっていた。自分の力を誇示したがってた。
マザーが死に、次のマザーを、と……俺が思うにそこで名前があがったのは咲夜だったんだろう。アイツのほうがマザーに向いてる。
咲夜がマザーになり、宮古はそれをねたんだ。
だから、喰ったんだ。宮古の人まねは、その真似する者の細胞を食らうことで成立する。
外見だけでなく、声も、なにもかもを模写する。――ただ、記憶だけはそうはいかない。
だから、些細な癖がちがったり、嫌いなコーヒーを飲んだりする」
そこまでいって、雪音は小さく笑った。
「……これに関しちゃ、もう、想像だけどね。宮古は死んでしまったし、咲夜はもう存在してないしな。
まあ、そんなわけで、宮古の次のターゲットは俺になったんだろう。
彼女が言ってた[禁術を行った]というのは、おそらく事実だね。
咲夜ももはや自分のものにした、マザーもいない、それじゃあ、マザーのお気に入りはどうだろう? ってなもんだろな」
雪音の話に耳を傾けながら、ファムナスはふとした疑問を投げかけてみた。
ほんの、些細なことである。
「それにしても、良く、あの咲夜殿が宮古だと、分かり申したな」
雪音は、一瞬、へ? という顔をして、妙に乾いた笑いで口を開く。
「いや、だから、道間違えずにいったってこともあるし、コーヒーだって」
「しかし、記憶力がよくて道を覚えたということも考えられるし、コーヒーも気分的に飲みたかったということが無きにしも非ずかと、拙者思うのでござるが」
「…………」
「雪音殿の事、まさか勘ということもござるまい? ということは、宮古と咲夜殿の決定的な違いがあったということでござろう?
拙者、確かに咲夜殿とも宮古ともマトモにあったことはござらぬ故、彼女達の癖もなにも知らないのは当然でござるが。
やはり、解しかねまする。どこが違ったと?」
「………………………え、えへ」
視線をそらして、可愛らしく笑ってみたりする雪音。
「どうなさった、雪音殿?」
ファムナスの言葉に何度か視線をうろつかせて――雪音はバツが悪そうに口を開いた。
「……キスの仕方なんて、早々変わるもんじゃないデショ」
「………今なんと申した」
「…キ、キスの仕方」
「……ふむ。ということは、咲夜殿と宮古の接吻は違ったと申すのでござるな。
さすがは遊び人。拙者には、たとえ同じ事が起こったとしても判別できないでござるよ」
「誉められてんだか、けなされてんだか分かんないよ、俺」
明後日の方を見つめ、雪音は無表情で呟いた。
そんな彼に気付いたのか気付かないのか、ファムナスはさらに続ける。
「…紗希殿に知れたら大変でござるな」
「いやーんっ! 紗希には言わないでーーー!!!」
泣きそうな勢いで叫ぶ雪音に、ファムナスはにこやかに笑ってこう言った。
「当然でござる。
この街がなくなるのは、さすがに拙者でもごめんでござるよ」
「…………………………洒落になってないネ」
風が吹く。
呆然と呟く雪音と、にこやかに笑うファムナスの髪を撫で――
風は、全てを流すように吹いた。
そして、月だけが全てを見ている。
「……それにしてもさ、ファム。よく隠形なんて使ったもんだねぇ…」
「いや、だから火事場のバカ力だと言ったはず。
雪音殿のアレを、一度やってみたかったんでござるよ。
だから、また[やれ]といわれても、できるかどうかは怪しいでござる^^」
「…………偉大だねぇ、火事場のバカ力って」
ファムナスの、知っててやっているのか本当にわかってないのか、そのボケ具合が、なんだか闇の重さを軽くした気がした。
1 † 2 † 3 † 4 † 5 † 6 † あとがき
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