一週間後、私の自宅にヒルから大きな荷物が届いた。私はダンボール箱を見るや否やすぐに例のものだと察した。 ただちに召使に地下室まで運ばせた後、扉にしっかりと施錠して 箱のふたに粘着に貼りつけてあるガムテープをはがし開封した。 大切そうに幾重にも重ねた薄紙をはがすと宝の山が出現した。 王家の谷でツタンカーメン王の墳墓を発見したカーター博士や 火山灰の下から伝説の都市トロイアを掘り出したシュリーマンの感激は、 今の私の状態に似ているかも知れない。そこには黄金のマスクや宝石を埋めこんだ玉 座や黄泉の舟、 英雄が演説を行った大理石のバジリカやオリンポスの神々の彫刻に匹敵するお宝が所狭しと詰め込まれていたのだ。

私は冷静になれと自分に言い聞かせながら、箱の中の布を手に取って見た。 オフホワイトのリンネルは持ち上げた手から自然なドレープを描いて垂れた。 次を触ると黒いラシャに行き当たった。言うまでもなくナチス親衛隊の制服である。 鉄製の肩章の上に鈍く輝く三つの将星にしばし見惚れ、 制帽を拾い上げて親衛隊のシンボルである不気味な骸骨を撫でて、それを着た自分を想像してうっとりした。 そしてさらに箱を見るとショッキングピンクのビニール袋が目に付いた。 袋を開いて見ると、そこには黒い小さな衣類となにやら細かい雑品が入っている。

「こりゃ何だろうな?」
取り出そうとした矢先、袋の口からバラバラと様々な形態の物が床に落ちて散らばった。
「?」
まず黒い小さな布を拾い上げてみる。それは袋状になっており、 おまけにあちこちに大きな穴が開いており、なんだか解らなかったが、 伸縮性に富んだ生地を引っ張っているうちに、 ネットのエロサイトで見た半裸でムチを持った女が着ていたものにそっくりだと気づいた。
「!」
その他を見ると、踵の高い靴に駝鳥の羽飾りや模造真珠のネックレス、 用途不明な紐や網袋だのが散らばっており、明らかに女性向けの衣類だとわかった。

「こ、このオレ様が女の、それもエロエロな服を・・・」
屈辱のあまり私は水着を床に投げつけて足で踏みつけた。 しかしヒルに叩き返すのに品物を傷めてはなるまいと思い直し、 散らばった中身をピンクの袋に詰めようとすると、中から英文の説明書が出てきた。 そこにはセクシーなポーズをとる女性の挿絵がついていた。
「何々?デートリッヒのコスプレだと?男性用だ?こ、これを男が着るのか?」
欧米人のデカダンぶりには呆れて開いた口も塞がらないが、とにかく読み進むと用途不明な紐はガーターベルト、 網袋はタイツ、それらの使用法や着用例が懇切丁寧に書き記されている。 そして扮装の由来についても言及してあり、世界的に有名なイタリアの映画監督のビスコンティが 撮った「地獄に落ちた勇者ども」のワンシーンに拠るとの由。 デートリッヒに扮した美男俳優のヘルムート・バーガーが妖しい魅力を発揮し・・・

ここまで読むと 私の脳裏に突然あの掲示板での好き者女どもの会話で名が上がっていた男だと閃いた。 そうだったのか・・・私に似たという俳優が扮して艶美を絶賛されたとくれば、 この私ならばそれをはるかに超えた存在になるはずだ・・・それに女装にも実は興味があったのだ・・・ 突然私の思考を破るようにドアを激しく叩く音がした。

「アガ様!アガ様!大丈夫でございますか?!開けて下さい!」
先に箱を運ぶのを手伝わせた召使の声だ。来るなと言ったろうが! カッとなった私は衣類を箱へ詰め込んで隠すとドアへ突進した。 「何事だ!」とドアを開いて一喝すると、青くなった召使が立ちすくんでいた。
「お前、何をしているのだ!人払いしたのを忘れたのか?それとも聞き耳を立てていたのか?!」
「いえ滅相もございません。でもご主人様があまり長く地下に篭っておいでなのでご気分でもと」
「機密を扱うのだから当然だろうが」
「ですから一言声をお掛けしてご無事を確認したら立ち去ろうと思っていたのですが、 中からおかしな笑い声が聞こえてきたので、御気を確かにと思い・・・」
「どういう意味だ?」
「申し上げにくいのですが、箱を運び入れる時からご主人様のご様子が尋常ではなかったので、 あの気候の変わり目で・・・お気が触れ・・・」

あまりの無礼なもの言いに私の髪は怒りで天を衝き、おせっかいな召使を手にしていたムチで思う存分ひっぱいた。
「お許し下さい!ひえーー!私はご主人様のお身の上を心配して!」
「それが無礼だと言うのだ!この怜悧な私を異常者扱いするとは許せん!」
「け、決してキチガイなどとは思っておりませんよ」
「キチガイだと?この下郎、死刑にしても飽き足りぬ!ただ今銃を持ってくるからそこへ直れ!」
「ギャーーーー!」

地上へ通じる狭い階段に召使が必死で立てる逃げ足が高々と反響する。追いかけて折檻の続きをと思ったが、 地下室に残されたお宝衣装が心配なのでそのまま行くにまかせた。 しかし立ち尽くす私の心はキチガイ扱いされた悔しさとお楽しみを中断された腹立たしさで沸き返っていた。 今まであいつに寛容になりすぎた。やはり召使どもには己の分際を知らしめねばならない・・・ よりによってキチガイだと言い放つとは・・・としばらく憤りが治まらなかった。 ムチだと思っていたのがガーターベルトだったのに気づいたので非常に焦ったが、 これが何だか下郎には知るよしもないだろうと嘲笑すると気分が収まってきた。                                       

 

正直に告白すると、私はコスプレなる遊びにハマってしまった。 ネットで得た知識によると、世界地図では東端にこぢんまりと縦長に並ぶ島国の日本において、 物好きな若者の間で根深く流行している遊びだそうだ。 白昼堂々と表通りに集結し、様々なキャラクターに扮した集団が交歓を図り互いを寿ぐらしい。 日本の法律に抵触することはないが、眉をひそめられたりまたはエイリアンでも見るような 目つきで見られることもあるらしい。 だがコスプレ遊戯者は自身をオタク認定して自虐的な気分を楽しんでいるという。 しかし!輝かしい容姿と家柄と履歴を持ったこの私が、東洋の酔狂な人々と同じことを していると考えただけで顔が赤くなる。 似合ってもいない西洋の姫やら王子やらカトゥーンの主人公に扮して嬉々としている 連中とひとくくりにされては私としては片腹痛いのだ。

この私がナチスSS将校になれば透徹した美しさがカギ十字の旗がはためく第三帝国時代へ タイムトリップしたかのように錯覚させ、トロイの白銀の甲についた駝鳥の羽飾りは 完璧な調和と華やかな個性を兼ね備えた顔立ちをさらに際立たせ、 ひとたび編みタイツとガーターベルトで装ってみればリリーマルレーンの怪しげで 退廃的な旋律がたちまち流れ出すはずだ。あまつさえ完ぺき主義の私は母上用と称して化粧品も調達した。 生来器用なので、たちまち化粧に精通した。 化粧すると自分に欲情するほど美しかった。この美貌を独り占めせずネットで全世界に向けて発進したいほどだ。 私の前では「天国の乙女」など小便臭いロリータ少女にしか見えないであろう。 ああ、また長くなってしまった・・・要するに日本の若者たちのコスプレと 私のそれは本質的に違うと言いたかったのである。

しばらくその三種類の扮装を毎日楽しんでいたのだが、 だんだん物足りなくなってきてヒルに頼んで別の衣装も用意してもらうことにした。 「すっかりハマりましたね?」などとはこの気のきく男は言わない。 ニヤリと笑って次のお奨めのコスチュームを推薦するだけである。 そして各種制服やアニメや映画の主人公のコスチュームなど何種類も自宅へ付け届けをしてくれる。 私も澄ましてサラリと貴重な内部情報をリークする。ヒルの会社はアメリカの大手テレビ局だから コスプレ代など私のもたらすものと比較すればお安いものだろう。そんな期間がしばらく続いた。

ある時ヒルは私にスパイダーマンと看護婦さんの衣装を薦めた。
「なんでもいいよ。取りあえず送ってくれたまえ」
最近は帰宅してネットで例のBBSを覗くのが日課だ。テレビ露出頻度の高い私には もう固定ファンが付いている。これもそれもマスメディアのおかげだな。 アメリカ贔屓のM外相の弁も満更でもないな・・・

スパイダーマンと白衣の看護婦さんの衣装一式が届いたのは、 灼熱地獄の夏の陽に衰えが混じり出す9月に差し掛かった頃だった。 最近では次第に増えつつある衣装や雑貨を隠匿する場所がなくなりつつあるので、 白衣のミニスカートを履いたまま独り言を言った。
「うーん。棚の後ろの隠し扉にはもうスペースはない。どこへ隠したものだろうか」
母上や召使には私の趣味は絶対に秘密である。 本棚の後ろにしつらえた隠し部屋がある。ここにラックを置いて服を吊るして隠しこんでいる。 いつも念入りに棚を元へ戻し、地下室に何人も立ち入らないように厳重に施錠して出勤している。 それでも時々主ろに不安が湧き上がり家に飛んで帰って地下室の宝物が無事かどうか確かめたくなる衝動に駆られるのだ。 だから箱詰めして部屋に置くなど考えるだけ寒気がする。 かと言って内務省へ持ち込み私物の保管場所に置くのはもっとまずい。 もし上司や同僚に私の荷物の中身が露見したら・・・あのアガにこんな趣味があったなんて!と ライバルはあざ笑うだろうし、私のシンパは幻滅して私を見放すだろう。 恥ずかしくて世間に顔向けができなくなる。

それ以上に怖いのは、もしかして宗教警察に引っ張られるかもしれないことだ。 どこかに私の愛する宝物たちを納められるような密やかで磐石の防御をめぐらせた秘密の場所がないだろうか。 思案していると─さすが私のことだ─素晴らしい真理が閃いた。 「木の葉は森に隠せ」関連のない処に隠すからバレるのであって、 同種類のものの中に自然に隠せば誰も気づかないだろう。衣類は衣類の中に入れば目ただないのは当然じゃないか。 私はなんて頭がいいんだろう。私に衆人に卓越した美貌と知能を与えてくれた神に感謝をささげよう。ナムナム。

思いついた場所とは私が統括する難民センターに外国の救済支援団体から送られてきた衣料を保管する倉庫である。 正直、難民センターとは名ばかりで稼動するのは外国のNGO団体が視察に来た時だけ。 普段は鍵を預かる管理人が中にも入らず倉庫の周辺で怠惰な警備をしているだけである。 むろん責任者の私も倉庫の鍵を持っている。 荷物を移すのは明日でもいいのだが、いつもは意にも介さない倉庫に行くと言い出すと誰かに不審がられるかもしれない。 今は夜だが幸い満月である。善は急げで今夜中にこっそり移そう。 私は袋に看護婦さんとトロイの服を詰め込み、スパイダーマンに変身した。

 



 

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