外伝 美男スポークスマン

 

長時間に及ぶ会議が終わりオマル様がご退出なさると、それまで謹直な顔をしていた 幹部たちが態度を豹変させてだらしなく長衣を引きずりながら席を立った。 私はいつものように末席にいたが、表面 だけは敬意を見せて起立して彼らを見送る。 硬直した愚かな見解をわめきたてることで自己主張するしか方法のない低級な連中の考えることといったら、 英語に堪能で知的レベルの高い私にとって幼稚園の園児と変わりなくまさに噴飯ものである。 しかし私にはこれから彼らの総意をまとめて諸外国のメディアに告げる役目が待っている。 西側諸国の官職名で言えば、私の職種はスポークスマンに該当する。 私はこの弁論を身上とする役職が嫌いではない。海外の記者どもの不躾な質問は日常茶飯事だが、 彼らは漏れなくオマル様の代理人に接触して特ダネを得ようとライバル社の出し抜きに汲々としている。 よって必然的に役得が多くなる。例えば自宅の薄型衛星テレビはアメリカの某社からの贈り物だ。 名目は神学校に寄贈とのことだが、物事には表と裏があるので私が所有して何ら恥じることもない。 オマル様がアラブの客人とやらに金品を提供され、デュポンの万年筆をご愛用になり、 豪壮な屋敷を建造しつつある現在、子飼いの私は同じことをしているだけだ。 数多の寄贈品の中で一番のお気に入りは、インターネットもできるパソコンである。 これは日本の新聞社Aから提供された。もっともパキスタンから闇で引いている回線がほとんど 繋がらないので滅多にネットを見られないのだが・・・ 。

「アガさん」

インタビューが済むと、特に懇意にしているAHO社のヒルという記者が私を呼び止めた。 30代前半で贅肉がだぶつくまでに太った男である。 しかし鈍重な外見に似合わず度々西側の情報をリークし、絶え間なく付け届けをくれる有用な人物の一人でもあるから、 私も努めて愛想よくしている。 もちろん魚心あれば水心でこちらも政権の内部情報も差し障りのない程度に小出しにリークしてやっている。

「この前あなたがオマル氏の声明を発表したでしょ。その時アメリカのテレビに映ったんですが、大層評判ですよ」
確かに数ヶ月前強硬派が起こした遺跡破壊事件に関するオマル様の見解を知りたい西側メディアに ご本人の御出馬を求められていたのだが、マスコミ嫌いな氏は拒絶され代理でこの私が出向いたことがあった。
「評判?反発されましたか?あれはまずかったかな・・・」
オマル様が彼らに示した見解は挑発的なものだったので西側から反発が起こることはわかっていたが、 私個人に責任を着せられてはたまらない。しかしヒルは西洋人特有の大げさな手振りと共に否定した。

「いやいや、報道の内容よりあなたご自身のことなんですよ」
「は?」
「西側諸国の人間はあなたを見て驚いたようですよ」
私は察しのよい質なので、ヒルの言わんとすることにすぐに見当がついたが、勿体を付けて聞き返した。

「なんです?私への批判なら遠慮せずにおっしゃってください」
「批判なんてとんでもない。我々は政治や戦争を離れて美に敬意を払う国民です。よいものはよいと評価します。 ただこの国の男性は軟弱を嫌うとかであなたのご不興を買うかと恐れているだけなのですが」
「よけい気になりますねえ。構いませんからどうぞ」

すると元来は好人物なのであろうヒルは満面 に笑みをたたえてしゃべりだした。
「いや、テレビに映ったあなたがあまりにナイスガイなので、テレビを見ていたアメリカの人々が驚いているんですよ。 あの政権にこんな気品に満ちた美男がいたのかとね。最近ハリウッドスターもカリスマ性の欠如というか庶民化しちゃって、 昔のルドルフ・ヴァレンティノのような一般人と伍しようのない美形がいなくなりました」
私は内心我が意を得たりと得意だったが、話の腰を折らぬように「ははあ」ともっともらしく相槌を打つ。
「それでネットの大衆向けの掲示板では女性たちがあなたのことで騒いでいましてね。彼女らの書き込みすごいですよ。 私などはあなたが羨ましくなりました」
「私のエキゾチックな服装がよほど珍しいのかな?」
「いやいや、そのエスニックスーツもアラビアのロレンスのようだと評判だし、 むしろ我々の衣類を着せてみたいという意見もたくさん見かけましたよ。 スーツを着たらきっとミラノやパリコレのモデルさながらでしょうね」

ミラノやパリコレとは何のことか戸惑ったが、そういえば英語を勉強した時 「ファッションモデル」という衣類の宣伝に従事する人々について書いたテキストがあったのを思い出した。 実は私も衣服や装身具は大好きで、色とりどりのターバンも柄物のシャルワールカミースも何枚も持っている。 こっそりインドから輸入した金襴緞子のマハラジャの衣類も家の押入れに秘蔵してもいる。 時折それを纏う。理由は豪奢で華麗な衣類や飾り物ほど神の恩寵を受けて生まれた私に似つかわしいものはないからだ。

ヒルの真っ当な礼賛は結論の出ない会議で発言も許されず沈黙を守っていた私の心を蘇らせた。 対象がこの私以外であれば、歯の浮くようなという修飾語が相応しいほどの諂いだが、 私に関してなのだから媚でも世辞でもなく真実なのである。 私は彼が語った西側諸国の人々の私への評価を実際にこの目で確かめたくなった。 今日は早めに家路に着き、パキスタンの国際電話回線を利用して引いたネットに接続してみよう。 いくつかの掲示板のURLはヒルが教えてくれた。私は品位と威厳を保つため、 それらのURLに興味のなさそうな態度を取るのを忘れなかった。

 

 

早々に帰宅した私は自宅の地下室に篭ってパソコンを起動し必死で接続を試みた。 もちろん母上や召使たちには重要な書類を整理するので決して立ち入らないように固く言い渡してある。 白いマッキントッシュのモニタは何度も無常にエラー表示を繰り返すが、決して諦める気にはなれなかった。 いつもなら根負けしてパソコンをたたむのだが、今夜は徹夜を覚悟している。 キーボードを叩いて再試行を繰り返しながら、私の顔立ちが異国の女達の心を震撼させたと思うと、 胸の高鳴りすら覚える。幼少の頃より挨拶代わりといっていいほどの頻度で他人の賛美を受け続ける私なので 今更動揺もないのだが、さすがに未知の異教徒からも評価されるとは、 普遍的な美は世界共通 である証明のようで誇らしい気持ちで一杯だった。 彼女たちに私が単なる色男だけではなく、英語を母国語と同様に使いこなし、 オマル様の知恵袋として現政権官僚のホープと謳われ、娘を私に嫁がせたい高官は多数おり、 つまり羨望と憧憬を一身に集め将来を確約された身の上であることを知ってもらいたい気もした。

そんなことを考えているうちについに画面が変わり、神に女たちの私への憧憬が届いたのか判然とせぬ が、 ネットは繋がれたのである。 私は震える手でマウスを動かし、問題の掲示板を見て回る。 アメリカでも有数の匿名掲示板は我々への誹謗と中傷でむせ返るようだったが、 そこはすっとばし私の名前で検索を開始する。するといくつかの項目が表示された。 固いタイトルは無視してなるべく女が好みそうなスレッドを選んでクリックしてみる。 そこには他人の名前が羅列されており、私は念入りに一つ一つを読んだが、すっかり気分を害してしまった。

「へ?なんだ?こりゃ・・・。こいつら馬鹿じゃねーの?」
そこには私も数度見かけた頭の悪そうなアラブ人への賛美が延々と書き連ねてあったのだから、非常に不愉快だった。
「何々?あいつがロックスターに似てるだと?イケメンだ? チッ、ここは見る目のない男に餓えたブスしかいねーじゃん。ヒルの野郎、人をかついだんなら覚えてろよ」
つい荒い言葉が口を付いて出た。私は高級なエレガンスを身上とした男であるから 容姿に相応しい品のある言動をモットーにしているのだが、女たちのあまりの愚かさと 見識のなさにあきれ果てた結果下郎のようなもの言いをしてしまった。 ここは不快なので異教徒の堕落の程度を研究するために必ずチェックするエロサイトに飛ぼうとしたその時、 私の名前が書き込まれた箇所に行き当たった。

「オマルのスポークスマンのアガってすてきー!」
こ、これだっ!とエロサイトをクリックしようとした手を止めてモニタを凝視すると、 私に関する直截な感想が書き込まれていた。
「学校でもアガが美形だって先生もゆってたよ」
「本当にキレイな顔してるよね。ちょっとアンニュイな感じがしてセクシー俳優みたい」
「ヘルムート・バーガーかヴィゴ・モーテンセンに似てるかな?」
「いちど寝てみたいわあ」

ヘルムートなんちゃらだのヴィゴ云々などのセクシー俳優になぞらえられたのは予想外だったが、 要するに私の性的魅力が異国でも猛威を振るっているらしい。それはそうだろう。 今でもオマル様の夫人たちやその女官から過疎村の卑女まで私を見ると落ち着きのない態度を取る。 女性を直視することは禁じられているが、彼女らの気配をいつも背中で意識しているから、 異教徒の淫婦たちがエロチックな妄想を抱いても責めることは酷である。 バカな淫乱女めと思いつつ自然に頬が緩んでしまったのを否定することはできない。 その上以下のレスは私を舞い上がらせた。

「野蛮国の人なのに都会的だよね!BMWに乗ってイタリア製のスーツ着たらすごく似合いそう」
「それに比べてアラブの坊やはいかにも貧乏臭くて汚いチャリンコや出自不明のシャツがお似合いだな」

そらみろ!と私はモニタへ向かって快哉を叫んだ。 (あの男は君たちの想像通りどんくさくて頭も足りなく英語もまもとに話せないんだよ、それに引き換えこの私は) と思わず掲示板に降臨したくなったが、回線を設定した時、パキスタンのモグリ業者から ネットの匿名性の危うさについて聞いていたので踏みとどまった。こんなところにも私の理性は働いているのである。
「ステキ、私今度アガたんがテレビに出たら録画しよう」
「そしたらアップローダーにアップしてね」
「OK」

私の国では写真は悪魔の所業として忌まれ個人で写真機を所有するのを禁止されているが、 ほとんどの高官たちはニコンだのミノルタだの秘蔵している。 もちろん私もデジタルカメラで自分の写 真を取りまくり、パソコンにダウンロードして日夜かっこよく見えるしぐさや ポーズを研究しているのだが、特に実物に生き写しに取れたマハラジャ編をアップローダーに投稿して 彼女らを狂喜乱舞させてやりたかったが・・・この時ばかりは私は祖国を呪詛した。

そのうち頼りない回線が切れてしまったので、パソコンをたたんんで女たちが書いた内容をもう一度租借する。 私が見たことも聞いたこともない数々の欧米のブランド名や高級車について想いを馳せてみた。 我々の日常着は白いシャルワールカミースと黒ターバンだが、 イタリアブランド通 の某軍閥の老人が長老会議の時ひけらかすように脱ぎ着していた上着を思い出した。 それは素人目にも仕立てのよさが伺える代物で、あんなおじいさんじゃなくてこの私に着てもらえば 服の作り手も幸福だろうと思ったものだった。 欧米の高級車はあの客人がオマル様や高官たちにプレゼントしてるので知っているが、 「BMW」という名は響きからしてスタイリッシュだ。おそらく私の風貌に似通 った洗練されて美しい車であろう。 車はともかく取りあえず洋服が欲しいと私は心の底から思った。 洋服を手に入れそれを着た自分が見たい。ヒルに言えばすぐに手配してくれるだろうと考えると、 ムフフと自然に笑いが漏れたが、すぐに自分に相応しい端整な表情を取り戻した。

 



 

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