閉じこもるようになってからの潤は、勉強する気力も好きだったギターを弾く気力も失せ、一日中眠っているか、インターネットでヒマをつぶす毎日を送っていた。朝になると一旦は目が覚めるが、起きてからの時間の長さを考えるとそれだけでうんざりし、いくらでもベッドの中にいることができた。バンド仲間との連絡も断ち、外界とのつながりはほとんどインターネットのみとなっていた。しかし、そこでもまともにコミュニケーションをとろうという気はなく、掲示板での他人の会話を邪魔する煽りを入れてみたり、それに飽きると女性になりすまして出会い系サイトに集うセックス目的の男たちをからかって無駄 な時間を過ごしていた。

両親はすでに潤の大学進学をあきらめかけていたが、父親にニューヨーク勤務の話がもちあがってから、いわゆる「三流留学」でとりあえず形だけつけておこうということになった。潤は、外界からの刺激を極力さけたかったのでニューヨーク行きには最後まで抵抗したが、一人暮らしをさせたことが失敗の原因だったと認めている両親が、彼ひとりが日本に残ることを許すはずもなかった。
ニューヨークに落ち着いてからの潤は現地の大学付属のESLに通いはじめたが、案の定長続きはせず、すぐにもとの引きこもり生活に戻ってしまった。この時もきっかけは、疲れると時々再発する声が出なくなる発作が2日ほど続いたことだったが、バンド仲間とつるんでいた時代のように、自分がそこに逃げ場を見いだして甘えていることも彼は知っていた。じっさい、思ったより早く状態が回復したことに落胆したことは事実であり、発作を大義名分にして、何もかも放棄して引きこもっていたいというのが彼の本音だった。

そんな自分に自己嫌悪を感じることもせず、相変わらずダラダラと眠ったりインターネットで他人を侮る日々に、あの事件が起きた。2001年9月11日、アメリカの同時多発テロだ。ちょうど両親が短期旅行中の出来事で、潤はとりあえず情報を確保しようとインターネットで日本語のニュースサイトや掲示板を回りながら、テレビのCNNニュースをつけっぱなしにしていたが、繰り返し流される、ハイジャック機がニューヨークの世界貿易センタービルに突入する映像に、何か危機感以外の不思議な高揚を覚えた。その高揚の正体はしばらくはわからなかったが、情報が明らかになるにつれテロリストに傾倒し、憧れさえ感じ、自分がハイジャック機で自爆する妄想にとりつかれてからはじめて、今まで放棄していた自己嫌悪が一気に襲ってきた。

自己嫌悪はつねにテロへの陶酔と両立していたために、どうしてもその矛盾した世界から抜け出すことができなくなり、それまでカラッポだった心は一瞬にして同時多発テロに支配されてしまった。家はニューヨークのダウンタウンからはかなりはずれていたにもかかわらず、あれだけ外出を嫌っていた彼は何度も崩壊した貿易センタービルへ足を運び、少しの関心もなかったイスラム世界について、とりつかれたように勉強をはじめた。テロに関連することならなんでも、調べたり考えたりしている間は自爆テロリストと一緒にいる気分になれたし、勉強という言い訳がないと、自己嫌悪に押しつぶされてしまいそうだったからだ。そして、知識が増えるにつれ、彼は自己嫌悪の先にあるものに気づきはじめた。それはすべての破壊と否定、テロの筋書き通 りの世界だった。

 

 

「ああ、あのえっちなレスね、馬鹿言わないでよ。ガキが一生懸命背伸びして何か書いてると思っただけよ。ちょっとだけ、ネナベがばれてカマかけられてるのかと疑ったけど、どうやらぼうやは、そこまでは頭が回ってなかったみたいだし」
潤がふざけて掲示板に書き込んだレスを思い出し、彼女は余裕の微笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、なんでメールよこせなんて言ったんだよ」
「だから言ったじゃない、君が何か悩んでるみたいだったから、友だちになってあげようかなっていう親切心よ。だって君ってもうテロのことばっかりで頭がおかしかったじゃない」
「それは認めるけど、テロの話ししてる掲示板なんだからしょうがないじゃん」
「ハイジャック犯のことで、掲示板で大ゲンカしたでしょ。あの時はほんとにキチガイに絡まれたと思ったよ。でも、ちゃんと話し合ってみたら意外とまともだし、どうなってるのかしら、この人はってかんじ。それに、単なるネタや煽りだったらメールなんてよこさないで逃げるでしょ。それも試したかったのよ」
「ふーん、色気がなくてつまんないな。でも、まあ、おまえのおかげで先に行けたのは確かだな。おまえがのんきなアホレスばっかりくれるから、テロしかなかった世界がほどよくずっこけちゃったよ」
「あんなにピリピリしてたのに、冗談とかえっちな書き込みできるようになったもんね。お姉さんに感謝しなさい」
「でも、お兄さんのほうがよかった」
「…それっぽいとは思ってたけど、あんたやっぱりホモ?」
「女の人に、あんまり甘えたり頼ったりしちゃ悪いでしょ。でもホモかもよ。試してみる?」
「どうやって?私に男モードのままでいろっていうの?」
「ちがうよ、一緒にニューヨークの風景を見てみようよ。あのレスみたいかんじで」

彼女の手をとり窓辺へひっぱっていくと、潤は背後に立ってたずねた。
「後ろから、抱きしめていい?」
黙っている彼女の返事を待たずに後ろから腕を回すと、彼女は自分の両手でそれを掴んだ。窓の外の終わりかけた夕暮れは、降りしきる雪の重たいミルク色に覆われ、時間が止まったような錯覚をふたりに与えた。目の前にあるはずの摩天楼はかすかなシルエットになりその姿を遠ざけていたが、貿易センタービルの悪夢に繰り返しとらわれていた潤には、彼女と過ごす時にだけ集中することができる、都合のいい風景でもあった。

「貿易センタービル、雪の向こうにあるかもね」
あとに続く彼女の言葉で、潤はそれが自分を思い遣ったものだと知った。
「テロのまえの貿易センタービルがあそこにあって、君の中に入り込んだテロはなくて、真っ白なままふたりが会えてたら、私はもっと簡単に君を闇から連れだしてあげたのに」
「闇から?どうやって?」
「君はほんとうは単純なのよ。誰かにだっこされて、安心したいだけなんでしょ?」
「さすが俺の元アニキ、よく知ってるじゃん。でもだめだよ。テロがなかったら、俺たち会うことはなかったんだから」
「…それもそうか。めんどくさいぼうやだね」
潤は彼女の髪にキスをしながら言った。
「どうして男のフリなんかしてたの?」
「だって、インターネットなんて顔の見えないところ、男のほうがサバサバしてものが言いやすいでしょ?それに、女言葉だと余計ないやらしい詮索されるし。私って気が強いから、男でいたほうがラクだしね」
「気は強いな、たしかに。でも、強がってるんでしょ?だっこされたいのは、ほんとは自分のほうなんじゃない?俺なんかになつかれて、気の毒に」
「そうね、甘ったれのぼうやなんかより、頼れる大人の男のほうがよかったわね」
「俺は大人だよ。髪にキスしたあとどうするか覚えてる?」
潤は、熱くなった自分を彼女の腰に押し当てた。
「会ってすぐこんなことするの、おかしいかな。でも俺たち、会うまえにおたがいのこと知り過ぎてる。どんな心で、どんな考え方して、どうすれば怒って、どうすれば喜ぶか」
「不思議ね。じっさいは男か女かも、名前も知らないのに、どんな人かわかってるなんて」
「まえにメールで、おまえをほんとは女だったってことにして、えっちな妄想して遊んだじゃん。あの時、もしも会ったらきっとすぐやっちゃうなって言ったら、おまえもやりたいって言ったよな。あれはネタ?」
「どうかな。少なくともまだ逃げ腰にはなってないわね」
「ねえ、髪にキスから先に進んでも、怒らない?」
「おもしろいわね。じゃあ、ご立派な大人ぶりを見せてもらおうかしら」

 

 

唇で彼女の髪を押し分け耳たぶに息を這わせながら、潤は彼女の乳房にふれた。潤の腕を掴んでいる彼女の手は、少し力がこめられただけで彼を止めようとはしなかった。しばらく、ブラウスのうえから乳房を手のひらで遠慮がちに包んでいた潤は、やがて金のふちどりのついたパールのボタンに手をかけ、ゆっくりとそれをはずしはじめた。指先に時々ふれる肌の感触は温かく細やかで、すべてのボタンを開け下着のすきまから指をすべりこませると、頂点にあった小さな突起はすでに硬く、先端にふれてみると、彼女は軽い吐息を漏らした。
彼女の息でできた窓ガラスの白い曇りは、外に降りしきる雪がこちら側に染みだしてきたようにも見えたが、暖かく乾いた部屋の空気と彼女がそこについた手に、すぐに消されていった。しなやかな手の中指につけたエメラルドの指輪は白い肌の透明感をひきたて、彼女の動きにあわせて深い緑の光を放った。
「俺、大人でしょ?馬鹿にしちゃだめだよ」
「まだわからないよ。このくらいじゃ」

こちらを振り向いて言いかけた彼女の口を、潤は自分の口でふさいだ。キスするまでは落ち着いていた潤だったが、彼女のやわらかい唇を感じた瞬間に、姿を知らなかった日々に恋焦がれたただ一人の理解者のぬ くもりを手に入れた感動で、我を忘れてそれをむさぼった。長いキスのあと唇を放すと、彼女は言った。
「やっぱりだめね、こんなにあせって物欲しそうにしたら。ガキンチョ丸出しだわ」
「そんなこと言って。すぐにわからせてあげるって。メールで詩もあげたでしょ?俺の手はなめらかなお腹の上をすべって…」
「いやらしい」
「それからどこに行くの?」
「忘れちゃったわよ、あんな遊びの詩」
「ふたりの、秘密の場所」
「そう、たしか泣いてるのよね。私たちの秘密の場所は」

http://www.age.jp/~way/192/love_1.html

 

潤は、昔彼女に書いた詩のとおり、乳房を包んでいた右手をゆっくりと滑り下ろすとスカートの中に入れ、下着のうえからそっと彼女の中心にふれた。そこは通 常の体温にしては熱く湿り気をおび、くぼみにそって指をあてがうと、新たな湿り気が薄い生地を通 して指を濡らした。彼女は息を殺してじっとしていたが、そのうち指の動きにあわせてかすかに腰をふるわせ、潤の体にもたれかかってきた。
「意地っ張りだな。やっぱり泣いてるじゃん」
下着をたぐりよせ指を割り込ませると、くぼみにふれるまでもなくそこにはおびただしい涙があふれて、軽く入り口をノックすると、彼女ははじめて、はっきりと声を漏らした。
「中も調べるよ」
その場所へ指を差し入れようとすると、一旦逃げかけた彼女の腰は、すぐに戻って指を道の奥に案内した。後ろからまわした左手で小さめの乳首を愛撫しながら狭い道を探っているうちに、彼女は堪えきれなくなって切な気な声を上げはじめた。
「やっと可愛くなってくれた。俺が好き?」
答えない彼女の道の、天井の一部で指を止め、その場所を強くこすりながら潤はたたみかけた。
「俺はずっとおまえが大好きだった。男でも女でも。会ったこともないのに、おまえしかいないくらい好きだったんだよ。おまえも同じくらい俺が好きだって言ってよ」
「そこ、やめて」
「どうしてやめるの?何か都合が悪いの?」
「お願い」
「うん、じゃあやめるよ」
「やめないで」
「どっちなのさ、好きって言っちゃえばラクになれるのに」
「…好きよ、私も。会ったこともない時から」

その言葉に、潤がふたたびキスを返そうと顔を寄せると、彼女もふりかえり自分から唇を求めてきた。舌を絡ませながら、潤が挿入していた指を2本に増やし道を広げると、彼女はわずかに足を開き腰を寄せて彼に協力した。そのまましばらく、ふたりはおたがいの存在を確かめあうようにキスを繰り返していたが、潤が突然、引き抜いた指を彼女の前に示して言った。
「見て。こんなに」
日が落ちて暗くなった窓辺で、潤の指先から手のひらまで流れた愛液が、室内灯を映してキラキラと光っていた。
「いや…」
恥ずかしさから強がることを忘れて向きを変え、胸に顔をうずめた彼女を抱きしめると、潤はささやいた。
「いやじゃないでしょ。俺たち、時間ないんだ。今日だけは素直になろうよ」
「じゃあ…」
「じゃあ何?」
「一緒になっちゃおうか。メールで話したとおり」

彼女の髪をなで、顔を上げさせると、潤は言った。
「裸になろう、全部見せて」




 

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