2002年11月03日

宵山に酔う

 長崎で生まれ、長崎で純粋培養で育った私にとって、長崎くんちとの付き合いは長い。さすがに参加(プレーヤー)までは至っていないが、観客としての立場も合わせればそれこそ30年を越える。

 で、その次に身近に感じる祭りが、実は唐津くんちなのです。
 親戚が唐津に住み、かつ小さい頃から私を可愛がってくれていたこともあって、よく唐津には足を運びました。唐津は長崎以外で私が知っている町の一つです。
 とはいえ、ある特殊な事情もあり、唐津の町の文化や、くんちのことについて知っているかというとさほどでもないのです。これまで、実は実際に唐津くんちを見たのは、小さい頃に一回と、確か高校生の時1回。
  自分も仕事を通して”地域の「まつり」”に比較的ディープに接するようになってからは、今回が初めてでした。

 見たのは「宵山(よいやま)」(「宵曳山」ともある)。
 ご存知の方も多いかもしれませんが、唐津くんちは毎年11月の2〜4日の3日間にわたって開催されています。「エンヤ、エンヤ」のかけ声とともに曳山(やま)が通りを駆け抜ける勇壮なお祭りです。曳山はどれもが美しく、極彩色の絵巻のようです。
 江戸・文政年間から明治初期にかけて少しずつ曳山の数が増えていき、今日に至っています。およそ200年の伝統を誇る国の重要無形民俗文化財です。

 今回、見ていて思ったのは、いろんな世代が入り混じっていて、しかも燃えて、楽しそうだナァってことでした。
 それこそ曳山に乗った若いお父さんに抱かれ、記念写真に収まる赤ちゃんから、曳き込みを差配するご高齢の方まで。
 あの一体感と高揚は、見ていてゾクゾクしました。
 おそらく京囃子だと思うのですが、中学生らしき少年が、笛や太鼓を上手いこと奏でている姿には感心。あのいなせな姿に古臭さではなく、美学を感じている様子に嬉しくもなったのでした。

 曳山もどれもが美しく、計算された意匠。日本の伝統、美学というものが、そこには溢れていてただただ、闇に中に浮かぶその姿に酔った夜でした。

 唐津市内ではとんでもない渋滞に巻き込まれ、さらに帰宅は12時近くとなってしまいましたが、充分に行って良かったと感じられる祭りでした。
 それに何より娘が、この祭りを気に入ったらしく、「面白かったねぇ」と繰り返し言うのを聞くと、嬉しい気分になったのでした。