珊瑚はようやく目を覚ました。
窓の外はいつのまにか薄暗くなっており、校庭にはすでに後夜祭の
キャンプファイヤーがともされ生徒たちの歓声が遠くに聞こえた。


「・・・・・・ここ・・・・・・・」


ぼんやりした頭をめぐらせてあたりを眺めてみる。
目に入るのは薬品の並んだ棚と消毒の匂い。

(保健室・・・・・か)


ようやく自分のいる場所を理解するもあたりには誰もいなかった。
ここまで連れてきてくれたはずの弥勒の姿さえ見当らない。

いつもそばにいるのがあたりまえになっているせいか
それだけでいっきに心細くなってしまう自分に苦笑する。


いつのまにかこんなにも大きな存在となっている人───



「・・・・・どこに行っちゃったの・・・・・先生・・・」




ふと見るとベッドの脇に自分の制服が置かれていた。
いつまでも「似合わない」格好のままでいることもない。
そう思うと珊瑚はさっさとドレスを脱ぎ捨て着替えをすました。


「脱いじゃったんですか?もったいない」

ドアをがらがらと開けていかにも残念そうな弥勒がその姿を現した。


「だって・・・・・・」

その先は続かない。
思わずうつむいてしまった珊瑚に弥勒が手にもった紙コップを差し出した。


「外で配ってました。あったまりますよ」

「・・・・・ありがと」


暖かいココアがゆっくりと胃に納まる。
体が温まると同時に気持ちもなんだか落ち着いてゆくようだ。



今なら聞けるかもしれない。
どうしてあのとき「不機嫌」だったのか。
そんなにも自分には似合わない格好だったのか───



「あっ・・・・・・あの・・・・・さ」
「綺麗・・・・・・・だった。お前の花嫁姿」




珊瑚の問いかけをさえぎるように弥勒がぼそりと呟く。
まるで聞きたいことはお見通しとばかりなその言葉に驚いた。


「・・・ならなんであんなに不機嫌そうだった・・の?」

綺麗という言葉にどきどきしながら一番気がかりだった事を尋ねる。
弥勒は窓の外を眺めていてこちらを見ない。
暫く黙っていたがようやく諦めたように口を開いた。


「・・・・・ただのやきもち・・・・なんだ」
「え・・・・・・・?」


その後に小さく悪いか、とバツの悪そうに付け加える弥勒。
校庭から届くキャンプファイヤーの炎の明かりがかすかに彼の頬を赤く染めていた。
いや・・・・本当にそれだけだろうか?


(照れてる・・・・・?)


照れた弥勒など初めて見る珊瑚だった。
いつも大人な彼がいつもより数段子供っぽく見える。
思わずその背中に近寄るとそっと後ろから抱きついた。


「珊瑚?!」

意外な行動に驚く弥勒をよそにおでこを背にくっつけて珊瑚が囁く。



「いつだって先生だけなのに」

小さな囁きだったがその言葉は背中から大きな響きとなって弥勒に届いた。


「こんなあたしでも・・・・・先生にふさわしい『花嫁』になれるかな」




その直後珊瑚の体は弥勒の腕の中に抱きしめられていた。
そろりと腕をのばしその背にきゅっとしがみつく。


「前にも言ったはずだ・・・・俺は珊瑚しか・・・・いらないと」


抱きしめる腕の力を強め弥勒が耳元に囁いた。


「・・・・・ドレスが似合わなくても?」


相変わらず見当違いなことを真剣に尋ねる恋人に苦笑する。

「綺麗だと言っただろ?お前は自覚がなさすぎなんだよ」


まだ信じられないというような表情の珊瑚が顔を上げて弥勒をじっと見つめた。


きめこまやかな白い肌、切れ長で深い輝きを放つ黒曜石の瞳。
そして淡紅色の薔薇の蕾のような・・・・・その唇。
何もかもが完璧な美を形成しているというのに。


愛しさが募りそっと瞼と頬に口付ける。
耳元の真っ赤な血珊瑚のピアスに唇を寄せてもう一度囁いた。



「・・・・・・・俺は珊瑚にふさわしい『花婿』か?」



意外な言葉に一瞬目を丸くした珊瑚だったが
頬を染め嬉しそうに微笑むとこくりと頷く。


「先生じゃなくちゃ・・・・・いや・・・・」


言葉が終わる前に珊瑚の唇は弥勒のそれに塞がれていた。
角度を変え何度も与えられるその熱はどんどん深くなってゆく。
吐息と吐息が絡み合い溶け一つになる。

首筋から鎖骨へと唇を這わせるとかすかに珊瑚が抗った。


「だめ・・・・・だよ・・・・ここじゃ」

「ここじゃなければ・・・・・いいのか?」


すでに体からは力が抜けてその体は弥勒にゆだねられている。
潤んだ珊瑚の瞳は無言の了承を告げていた。


再びその体を掻き抱く。
かすかに香る彼女のいつもの匂い。
その媚薬にしばし酔いしれる弥勒だった。





そのとき・・・・・・・

弥勒の携帯の呼び出し音が鳴り響いた。
しばらく鳴りつづけていたがようやく留守番電話に切り替わる。


「電話が・・・・・」
「どうせろくな相手じゃない」
「・・・・んっ・・・」


もう一度その唇を塞ぐも、今度は珊瑚の携帯が鳴り出した。
こちらもいったん切れたがまたかけなおしてきたらしい。

「ちょ・・・ちょっと待って」

さすがにここまでされると珊瑚も無視ができないらしく
名残惜しげな弥勒から離れると自分の携帯を手にとった。


「琥珀からだ」

それを聞いて嫌な予感を覚える弥勒。


なにやら慌てた様子の電話のやり取りをしていた珊瑚が
電話を切るなり自分の荷物をまとめだした。

「さ、珊瑚?」
「先生早く帰らなきゃ!お父さんの車がパンクで動けないの。
スペアないらしいから迎えにきてくれって」




なんでまたこういうおいしいときに限ってパンクなんかしやがるんだ!!
あのオンボロ中古車が〜〜〜〜〜っ



先程までの甘い雰囲気は一気に吹き飛び
珊瑚は何事もなかったかのように早く早くと帰宅をせきたてている。

いつも祭りの後に残るのは楽しかった思い出と一抹の寂しさ。
そんな哀愁が弥勒のまわりに纏いつく(笑)





めくるめくときを過ごせるはずがまたもや塵と消えて
がっくりと肩を落とす弥勒先生であった。










おまけ編へとつづく         もどる   



幻の花嫁 :6