「そっちは思い切り打ち込んでかまわないぜ?
白帯相手だ、こっちの当てはかるーくしといてやるからよ」
とりあえず防具だけはつけながらも余裕の男子学生である。
「そいつはどうも」
(そんなつもりはないのはわかってるけどな)
痛い目に合わせてやろうという気で満々なのがありありとわかるのだ。
完全にこちらの実力をなめてかかっている。
「なら、遠慮なくいかせてもらいます」
にっこりと人のよさそうな笑みを浮かべる弥勒。
それを受けて相手はますます調子づいてくる。
「素人ふぜいの攻撃くらいじゃびくともしねぇさ」
正面に向かい合わせになり軽く一礼するとお互い構えの体勢に入った。
と、すかさず待ってましたとばかりに相手が弥勒のみぞおちめがけて
中段の突きをくりだす。
それを体を開いて払い受けした直後。
「ぐえっ!」
ドゴッという鈍い音をたてて相手のみぞおちに入る弥勒の素早い正拳突き。
たまらず前かがみになる男子生徒の大きな体。
「あ、入っちゃいました?すみません『素人』なものですから」
加減がわからなくて、ととぼけた台詞をしゃあしゃあと言ってのける。
「・・・・・て・・・・・めぇ・・・やりやがったな!」
今の突きで完全に頭に血が上ったそいつが今度はこともあろうに
セーフガードをつけていない弥勒の顔面めがけて突いてきた。
それも瞬時に鮮やかな手刀で受け止めると同時に───
一瞬背中を向けた弥勒の体が回転しスピードのある後ろ蹴りが
胸元にたたきこまれる。
同じように壁際にふっとんでゆくが、今度は誰も受け止める者はおらず。
「ぎゃっ!」
哀れ・・・思い切り壁に激突してしまった。
「おっおい!?」
「大丈夫かよ」
仲間が抱き起こすも返事もできないようだ。
「お互い『防具』があってよかったな」
涼しい顔をして「よかった」と言う。
「白帯」のくせに自分達の主将を簡単にふっとばしたこの男。
──只者ではない。
「次はどっちだ」
格の違いをまざまざと見せ付けられたのだ。
誰が今更相手をするやつがいるだろうか。
「もっ・・・もう十分です!」
「ありがとうございましたっ」
半分意識の飛んだ仲間を担ぎ上げて一目散に武道館から
逃げ出してゆく哀れ男子学生達だった。
「喧嘩を売る相手が悪すぎる。自業自得とはこういうことだ」
珊瑚の父もこの一件については弥勒のおかげで胸のすく思いができた。
娘の婿候補としてではなく、同じ武道家としての彼は賞賛に値する。
「・・・・・・プラス20点」
ついつい採点してしまうのはもはや父の趣味か(笑)
プロテクターを外す弥勒に向かって琥珀が口を開いた。
「ねぇ弥勒先生、どうして自分から防具なんかつけたの?
どうせ相手の攻撃なんか受けるつもりなんかなかったんじゃない」
結局弥勒は相手の打撃は一つももらわなかったのだ
勝つ自信があるのにわざわざ邪魔なものをつけた理由がわからない。
「打撃系の防具っていうものは『自分を護る』という役割の他に
『相手への攻撃を緩和する』ものでもあるんです」
全部外し終え、大きく一つ深呼吸をしながら弥勒が笑う。
「あれでも手加減したんですが、防具がなかったら
あばらの何本かは折れていたでしょう」
「・・・・・最後の蹴り、君の足の防具はすねだけじゃなかったか」
思い切り『防具』のない踵で蹴っておいて「緩和」もくそもない。
「あ?そうでした。・・・・それじゃひびくらいは入ったかもしれませんねぇ」
先程までの無愛想はどこへやら。
今の一戦でうさばらしができたらしく、弥勒の表情は満足げ。
とてもひびが入って心配、なんぞこれっぽっちも思う顔ではないのは明確だ。
やつらには少々気の毒ではあったが、これで多少は懲りただろう。
「あっ?!ああああのっ!!」
そこへ入れ違いに大慌てで飛び込んできたのは・・・・・
よりにもよって例の生徒会長だった。
「・・・・・・なんの用だ」
和んだ空気が一転してまた険悪なものに変わった。
弥勒の声音は低く会長が息を飲むのがわかる。
が、それでも弥勒自身に用があるらしくひるみながらも言葉を続けた。
「珊瑚君が・・・閉じ込められて・・・」
「どうしよう・・・・・」
珊瑚は格闘していた。
あたりのものを総動員して窓までの足場を組みようやくそこまで
たどり着いたのはいいのだが・・・
新体操をしているだけあって身の軽さには自信がある。
窓から出られさえすればそれで終わりだったのに。
ずっと開けられることのなかったその窓は錆び付いてるらしく
押しても引いてもびくともしない。
せっかくここまで上ってきたのに無駄な徒労となったようだ。
「こんな姿誰にも見せられないわね」
思わず己の姿を改めて見つめると苦笑いをした。
真っ白だったサテンのドレスは埃にまみれて見る影もない。
すでに「花嫁」とは言いがたかったが、かえってすっきりした気分の珊瑚だった。
所詮は「まがいもの」の花嫁なのだ。
自分にとっての本当のその日はまだ・・・・遠い。
早く素敵な大人の女性になってあの人にふさわしい本物の
花嫁になれるように───
「珊瑚っ?!そこにいるのか?」
「珊瑚君っ!」
扉の向こうから聞こえるのは聞き覚えのある
あせった二人の男性の声。
(えっ?!!)
「先生?!どうしてここが・・・それに会長までも・・・・」
思わず珊瑚は助けにきてくれた喜びよりも驚いてしまった。
なぜか弥勒と会長が仲良く?二人そこにいるのだから。
「少し待ってろ・・・・・会長、鍵はないんだな?」
「は・・・はい、どうやらここに閉じ込めた女生徒も落としてしまったみたいです」
おろおろとしながら会長がすがるように弥勒に答えている。
「どうしましょう?何かこじあける工具でも・・・」
じっと扉を見てなにかを考えていた弥勒だったが
「そんなものはいらん」
「は??」
ぽかんとする会長を尻目に今一度弥勒が珊瑚に声をかけた。
「珊瑚、扉のそばから離れてろよ」
「うん、大丈夫。・・・・って何するの?」
「・・・・・・鍵がないなら・・・・・」
気をためながら構えに入る。
「・・・・・・・・ぶち抜くまで!!!」
弥勒の体重を乗せた渾身の蹴りが思い切り扉を吹っ飛ばした。
「やることがむちゃくちゃなんだから・・・・もう」
ようやく開放された珊瑚であったが、いつもながらの
恋人の無謀さに小さくため息を落とすのであった───
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幻の花嫁 :4