発表会が終わった後、すぐにでも弥勒の元へ駆け寄りたかった珊瑚であったが
クラブ主催の「撮影会」なるイベントにそのまま借り出され
花嫁姿の珊瑚と一緒に写真に収まろうとする輩に囲まれてしまっていた。
暫くは愛想笑いで対応していたが、いつまでたっても減らない
男子学生の群れにはさしもの彼女も疲労困憊である。
そんな中つぃと一人の見知らぬ女生徒が傍に近寄って耳元に囁いた。
「クラブハウスの裏手に来てください。人が待ってます・・・」
聞き返すひまもなくその生徒はまた人ごみに消えていく。
(もしかして・・・先生?!)
ドレス姿では携帯を持つわけにもいかない為連絡もとれずに焦っていたのだ。
「誰」が呼び出したことに少しも疑問を持たずに、なんとか理由をつけて珊瑚は
撮影会を半ば強引に抜け出し、言われるままにクラブハウスに向かった。
ここははさすがに学祭の裏方・・・とういうのかたくさんのガラクタ
置き場と化しており学生の姿はどこにも見当たらない。
「・・・・・先生?いるの・・・・・・」
ガタンッ
使われていないクラブハウスから物音が聞こえた。
不審に思いながらもそろりとその中を覗く。
その途端───
珊瑚は後ろから誰かに押され床に前のめりに転がってしまった。
「あっ?!」
無情にもその背中でバタン!という大きな音と共に扉が閉まる。
「いい気味ね!会長になれなれしすぎで目障りなのよ、あんたは」
閉められた扉の向こうから高笑いする数人の女生徒らしき声。
どうやら会長のファンの一部らしい。
日頃から人気のある珊瑚のことをよく思っていないところへ
先程の出来事がさらに拍車をかけたようだ。
嫉妬というものは時として人をとんでもない行為へと駆り立てる。
しかし珊瑚にしてみればいくら会長が好意を寄せてくれていても
なんとも思っていないのだから迷惑もはなはだしいではないか。
「いいかげんにして頂戴、ここを開けて」
言っても無駄だとわかってはいた。
自分に対して危害を加えようとかそこまでのことは考えてはいない。
ただ少しいじめてうさばらしができれば納得できるのだろう。
あまりの幼稚さにため息しかでないがそういう人たちも確かにいるのだ。
「しばらくここでおとなしくしていることね」
「後夜祭が終わる頃には出してあげるわよ」
してやったりとばかりに楽しげな彼女達はそう言うとどこかに行ってしまった。
扉に手をかけるがしっかりと鍵をかっていったらしくびくともしない。
「・・・・あーあ、もうなんて日なの」
ふっとため息をついて珊瑚は改めて建物の内部を眺めてみる。
使われてないここは他のクラブからはみだしたいろんな用具で物置と化していた。
割と天井が高く小さな窓が高い位置にあるくらいで普通では届きそうもない。
そう普通では・・・・・だ。
「こんなことであたしを閉じ込めたつもりだろうけど・・・・」
珊瑚はベールを剥ぎ取りうっとうしいパンプスも無造作に脱ぎ捨てた。
本当はドレスもすっきりと脱いでしまいたい。
・・・・が、ここには代わりがないため断念する。
裾が邪魔だがさすがに家庭科クラブ三年生が精魂こめて作ったドレスを
裂いたりすることはとても出来ない。
考えた末、仕方なくたくしあげ片側の腰のあたりでまとめ上げた。
そのため珊瑚のすらりとした脚が白い太もものあたりまで露になり
なんともいえない色香を発するはめになっている。
「着替えてこればよかったな」
あまりにも慌てていたためそこまで思いつかなかった珊瑚だった。
それに・・・・間近でこの姿を弥勒に見てもらいたかったというのも本音であった。
どうして彼は喜んでくれなかったのだろう───
不機嫌そうなあの表情を思い出すと胸がちくりと痛んだ。
こんな格好柄じゃないんだよね・・・・
思わず目頭が熱くなるのをぐっとこらえる。
今は泣いている暇なんてない
とにかくここから出てあの人の元へ行かなければ。
頬を両手でぱんっ!とはたくとよし、とばかりに気合をいれ
それからおもむろに足場を組むべく行動を開始した。
一方弥勒達はというと。
武道館でぼーっとむさくるしい野郎たちをなぜだか眺めていた。
あの後弥勒も珊瑚と会いたかったが、撮影会の人手の凄さに
近寄ることも出来ず諦めるしかなかったのだ。
「怒ってる・・・・・よね。ものすごく」
「・・・・・・触らぬ神に祟りなし、だな」
先程からむっつりと押し黙ったままの弥勒から少し離れて
琥珀と父がひそひそと囁きあっている。
楽しいはずの学祭が一転して険悪な雰囲気を漂わせていた。
珊瑚がいないためどこへ行くというあてもない三人だった。
ぶらぶらとなるべく人の少ないところを選んで歩いていたら
たまたまここに流れ着いた、というわけである。
午後からの体育館はバレー部やバスケといった人気のあるクラブが陣取り
女子生徒の姿も多く見受けられ賑わっていた。
それに比べてこちらは同じスポーツ系でも柔道や剣道、そして空手部の
クラブが使っているだけあって女っけがなくむさくるしい。
人出が他に比べると少ないのも頷ける。
「合気道部はないのか・・・・つまらん」
珊瑚の父がさも残念そうに呟く。
「それはないようだけど、なんかおかしなことになってない?」
今ここで催されているのは空手部が一般の素人にも参加してもらえるよう
実技指導を公開しているくらいだった。
しかし先程からそこにどうやらどこか他校の空手部員らしい体格のいい
男子学生が数人、ここのいかにも弱そうな部員に絡み始めたのだ。
もともとこの学校の空手部は弱小らしく人数も少ない上、ほとんどが
白帯でかろうじて主将が一人だけ黒帯という状況だ。
しかも相手はすべて黒帯である。
それで組み手をさせられているのは、たんなる弱いものいじめ以外の
なにものにも映らない。
(・・・・・・つまらねぇ)
相変わらず無愛想のまま弥勒は黙ってその場を眺めていた。
弱い相手に絡んで楽しむ奴等もどうかと思うが、あまりにもふがいない
部員たちにも呆れてしまう。
「うわあっ!!」
そのとき唯一の黒帯である主将が相手の蹴りを受けて
吹っ飛ばされあわや壁に激突!
・・・・・・するはずの彼の体は弥勒の腕に掴まれてすんでのところで停止していた。
「・・・・あ・・・す・・すみま・・・」
防具が彼のダメージを軽減したらしく弱弱しい礼の言葉が返ってくる。
「礼を言う元気があるならもう少ししゃきっとするんだな」
低い声で言い放つとゆっくりと立ち上がる。
「なんだ?お前。なんか文句あるのかよ」
相手のリーダーらしい生徒が睨みつけた。
それに対して先程までの無愛想はどこへやら
にこやかに笑顔を浮かべると弥勒はつかつかと歩み寄ってゆく。
「これほどの強い人になら是非一度ご指導していただきたいと思いまして」
男子生徒はそれを聞くとにやりと笑って弥勒に着替えを促した。
組み手をするために一応彼らも胴着を着ていたのだ。
借りた胴着に着替えを済ませて戻ってきた弥勒の
白帯を見て大笑いする彼ら達。
「ああ?!ちっとはできるのかと思ったが『素人』かよ!」
「無理すると怪我するぜ、おっさん」
「・・・・・たしなみ程度は経験ありますから」
ほんの少し声のトーンが下がったことに彼らは気が付いていないだろう。
「・・・馬鹿め。ますます怒らせよって」
「先生『おっさん』が相当こたえたみたいだ」
呑気に光景を眺める父と琥珀。
弥勒の「白帯」は嘘ではない。
彼は合気道こそ有段者だが空手は正式な段位を持っていないのだ。
それはあくまでも「正式な」ということであって、実際の実力は
対戦したもののみぞ知る、というところか。
「怪我でもしたら大変ですからね。これ、着けさせてもらいますよ」
そういいながら傍らに転がっているプロテクターを着装しだす弥勒。
拳とすね、ボディにてきぱきと着けると最後に眼鏡を外し琥珀に手渡した。
「軽くでも俺の攻撃が当たっちゃただじゃすまないからな。
賢明な選択だぜ、おっさん」
ぼきぼきっ・・・・!
ひときわ高く無言で指を鳴らす弥勒。
「地獄行き決定だな・・・・」
肩をすくめる珊瑚の父。
思わず担架か救急車の心配をする琥珀。
「うさばらし・・・・・させてもらうぜ」
限りなく低く小さく呟いた弥勒の言葉は彼らに届かない。
それは幸か不幸か───
───当然、人生最大の不幸のなにものでもない
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幻の花嫁 :3