ミクロスコピア vol.7 no.3 1990 より


<追記 2021年9月>
 本文で大雪山の現地アイヌ名を「ヌタックカムウシュペ」と書きました.私が頂上付近の石の下で採集した特産のゾウムシ:ヌタックゾウムシの命名につられました。
 しかし2021年になって見ることが出来た本にある 知里真志保先生の調査によると「本当の山名は『ヌタ・カウ・ペ』で,『山の上に広い湿原(nutap)があることだ』と旭川市近文町の尾沢カンシャトク翁が言った」との記述が,これまでの他の説より遥かに合理的です(山田秀三『北海道の地名ーーアイヌ語地名の研究 別巻』).なお,この本を知らせて下さった 白老のウポポイ(国立アイヌ民族博物館など)に感謝します.
 知里真志保教授は,あの『銀のしずく降る降る』に描かれた薄命の天才少女 知里幸恵さんの実弟です.姉弟共通の恩師だった権威ある 金田一教授をも平気で罵倒した彼の,この山名をめぐっての真のアイヌ語に対する厳しい態度は賞賛ものです.一般の学者が,自分が納得すると安易に主張してしまうようなことでも,彼は「参考のために,この聞き書き(しかも大雪山の麓に近い 近文アイヌの古老から:筆者注)を書いた.これから検討してもらいたい名である」と,わざわざ謙遜してしまい言い切らなかったため,当然断定しなかったと理解されてしまい,大雪山の本当の現地名,その正しい意味が,現在も一般に広まらなかった残念な結果と思われます.
 なお『銀のしずく降る降る』『知里真志保の生涯』を書いた札幌の藤本英夫氏は,大学時代に創設した学術調査探検部の部長を引き受けて下さった泉先生の伝記『泉靖一伝』の著者でもあり,私は昔 東京でお会いしました.


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