僕は少年時代から、コケティッシュなタイプの少年に惹かれる傾向があったのだが、大学時代の片思いの相手も猫の眼のように気の変わり易くて首のか細い青年だった。彼がどうにか僕の気持ちを受け入れてくれるようにと、毎晩神に懇願したものだったが、遂に彼は僕の思慕に気付かずに卒業してしまった。
その後、僕は自分が同性に性的魅力を感じていることを恥じて黙って女性と付合ったりした。しかしどうも気乗りがせず、結局嫌われてしまい、惨澹たる結果 に終わるのが常だった。女という性の気侭さにはどうも馴染めない自分を発見して、僕はますます自己嫌悪に襲われた。最近では仲のいい連中と遊ぶ方が楽だと思い出した矢先にジェラールが出現したのだ。

彼の容貌を一言で言い表すなら「繊細」が相応しい。血管が透けて見えそうな薄い肌、力強さよりはたおやかさを感じさせる手足、服の上からも容易に想像できる清潔な胸、片手で掴めそうな細い腰、とにかく全体が陶製の人形みたいに脆そうな造りだった。小さな唇はルージュを塗らなくても赤いので、それがストロベリーブロンドとよく映り、人の庇護欲をあおり立てた。しかしいつもその蒼い瞳は、己の欲するもの以外への拒否と人の心を翻弄する媚びを含んだ挑発的な光を帯びている。僕は昔猫を飼っていたが、猫は餌が欲しい時だけ喉を鳴らして擦りつき、気に入らないことがあるとすぐに爪を立て、僕の愛の手を振り解いた。簡単には意のままにならぬ という気概も僕の欲望を刺激する重要な要素なのだから。要するにジェラールは僕が夢想していたタイプだったのだ。

僕は寝苦しい夜、飛行機の中で他の乗客の眼を霞めてジェラールを犯している夢を見た。室内灯の消えた夜間飛行中の機内で座席に座る彼をシートベルトで縛り付け、ズボンを引き降ろして下半身を毛布の中で露出させる。世話をする振りをして彼にのしかかり股を割って押し入る。彼の口には丸めた僕の靴下がすでに押し込められてあるので声は漏れない。僕が腰を突き出す度、ジェラールは体を痙攣させて反応する。かすかに揺れる気流の変化は僕の振動が起こした空気の波に思える。
めくるめく快感が僕の背骨を駆け抜け、脳髄に達する。持続時間を延ばしたいが、フライトアテンダントの女がでしゃばってくる前に、精を吐かなければ・・・・・!
そして僕は薄汚れたシーツの上で夢精している自分を発見した・・・ 彼に惹かれる予感はしていたが、夢の中で彼の胎内に侵入する自分を発見した時はやはりショックだった。僕も情痴の泥沼に足を踏み入れてしまったと感じた。それから彼の肢体が夢と同じかどうか調べたいという欲求が、僕の頭にこびり付いて離れなくなった。社内で彼を見掛けると鼓動が早まり、その興奮を押さえる為に、僕は三位 一体の神に祈らなければならなかった。

そしてある夜、遂にその時はやってきたのだ・・・!
残業で遅くなった週末、僕は仲間がいるであろうクラブへは行かず帰宅してネットサーフィンを 楽しむつもりだった。若い男ばかり集めた有料サイトを見て、彼らのまだ無駄 肉の付かない、カモシカのような体に、頭の中でジェラールの顔を当てはめて、彼を想像して一人で楽しむやり方にすっかりはまり込んでいたのだ。人間の想像力の際限無さは、時として本物を凌駕する刺激を引き起こす。数々の美少年や美青年の美質を集めた画像は教会のバラ窓にはめられたステンドグラスだった。色鮮やかなガラスは集合してジェラールの姿を形作り、聖なる空間に情欲を喚起する色の光を放射している。
僕は車に乗り地下駐車場を出た途端に、人気のない暗い歩道を歩く細身の青年の後ろ姿を見つけた。かすかな風にもそよぐ金髪と、ポケットに両手を突っ込んで肩をそびやかし気味に歩く姿はまさしくジェラールだった。あまりのタイミングのよさに僕は驚き、声を掛けるべきかとしばらく逡巡していると、彼が地下道の入り口に消えそうになったので、慌てて車を止めて呼びかけた。
「ジェラール!乗っていかないか!」
彼はすぐに振り向いた。
「やあ、バンサン」
黒いダウンジャケットにリーバイス501をはいた黒尽くめの彼は、もし特徴のあるストロベリーブロンドが、ブルネットなどの暗い色だったら闇に溶け込んで見失いそうだ。彼が近寄ってくると何故か生唾が湧いてきて、僕は音を立ててそれを飲み込んだ。
「乗ってもいいの?」
「も、もちろん」
彼はすぐに乗り込んできた。狭い車内に彼が付けている整髪料の匂いがたちまち充満する。さわやかな柑橘系の香りはジェラールらしいと言っていいだろう。僕の一部分は敏感に反応して脈動して膨張し出した。彼をすぐにでも押し倒したい欲望に駆られたが、息を吸い込んでこう切り出した。
「僕の家で食事をしないか?」
普段なら断られると体裁悪いと躊躇するのだが、今は情欲の方が勝っていたので、すらすらと言えた。
「いいね。俺もハラペコなんだよ」
僕は心の中で小躍りしたが、いつもの人のよさそうな笑いで彼の返答に報いた。

僕は、ペール・ラシューズ墓地近くにある古いアパルトマンでジェラールを犯した。僕の獣欲は極地まで張り詰めて痛さを感じるほど高揚していたので、車の運転も上の空だったが、無駄 話で気を散らして、僕のアパルトマンに無事に辿り着いた。僕の部屋は5階だったので、踏みしめる度にきしむ階段を随分と昇らなければならない。一階の脇にメインテナンスの器具などを置いた物置があるので、そこにジェラールを連れ込むことも考えたが、近所に気取られる恐れがあるので我慢することにした。しかし、とうに限界を超えていた僕の欲望は、ようやく部屋の鍵を開け彼を室内に入れて戸を閉めた途端に爆発してしまった。
僕は電気も点けずにコートや鞄を投げ捨てて、いきなりジェラールに挑みかかった。抗う彼の腕を掴んで抱き寄せ、強引に唇に噛り付く。僕の歯と彼のそれがぶつかりエナメル質がこすれあう音が狂暴さを掻き立てる。
「バンサン、嫌だ、やめて」
僕の愛撫から彼が顔を背けるしぐさは、火に油を注ぐ効果でしかなかった。僕は難なく彼を床に引き倒して乗りかかり、片腕で押さえつけてジーンズに手を掛けた。彼は二三度起きあがろうと体をのけぞらせたが、自分の無力を悟ったらしくすぐに静かになった。そこで僕は欲するままに彼の体を開いた上、心行くまであらゆる部分を犯したのだった・・・
白い体液にまみれた彼のまつげや額を僕がざらついた舌で舐めると、ジェラールは小さく笑った。

やはりネットの卑猥な画像よりも生身の彼の方が格段に素晴らしかった。僕は、会社でもしばしば秘書の女に用事を言い付けて他所へやり、ジェラールを 個室へ招き入れて、机に仰向けに押し付けて嫋嫋とした腰を持ち上げて欲望を遂げた。彼が絶頂に達したことを示す声が漏れるのを怖れて、口にハンカチを押し込んでの交接だったが、何ともスリルがあり、湿り気を帯びた粘性の歓びに満ちていた。その上、勤務時間中の隠れた情交という罪悪感が僕の偽善趣味に合致していた・・・

 

 

僕はジェラールに夢中になってしまっていた。
初めて触れる男の肉体では、柔らかな乳房や草叢に覆われた秘所からの潤いを探り当てることは出来なかったが、滑らかな筋肉が引き締める場所では、女性のそれでは味わえない著しい刺激があって触れる度に火花が散ることがわかった。男性相手のセックスとは、猛獣がマグノリアの花が散る下で昼寝をしている風情のある情交だと言っていいだろう。
それに肉の魅力だけでなく、精神的にも奇矯さと愛らしさの交互の応酬で非常な味を見せるジェラールに、僕は完全に牛耳られていた。 彼は時には舌足らずの少女のような不安定さで僕に迫り、別の時には性悪女のシニックさで僕の心に爪を立てる。彼の情緒の危うさは彼の局所と同等の価値を以って僕のアドレナリンを抽出させた。しかし注意してみると、稀には思慮深い熟した男のような口説で高邁な哲学への傾斜を垣間見せることもあったが、異邦人の演説を聞くようで僕には到底理解できない。それどころか甘い蜜を滴らす花弁に知性があるのは、僕には萎えの要素以外の何者でもないので、彼が難解な議論を吐き出す口を僕自身で封じねばならない。僕は欲望を掻き立てて彼の体を苛んだ。

ある晩、同僚の一人クレマンの家でホームパーティがあり、僕は思い切ってジェラールを誘ってみると、どういう風の吹き回しか、出席するという答えが返って来た。この手の招待は今までは僕がどう誘っても、人の多い場所は嫌いだからと、頑なに断り続けていた彼だったのに・・・
「行きたいな。でも俺が行ってもいいの?」
「お前ならみんな大歓迎だよ」
これは事実だった。年より若く見えるジェラールは、みんなから可愛がられるマスコット的な存在として認識されており、女子社員などは彼のファンになって「仔猫ちゃん」などと甘ったるいニックネームを付けていた。
「わあっ!仔猫ちゃんも来るのね」
彼の出席を知った女達は嬌声を上げて喜んだ。
(お前らは知らないだろう?純真そうな瞳の蒼い猫は、実は淫猥な舌を持っていて、昨日は車の中で俺のものを舐めさせたのだ・・・)
あのベルベットのような舌触りを思い出すと、また情欲を催して来る。僕は、体の状態を目ざとい彼女らに見つけられて素朴ないい人という評判を落とすのを怖れて、慌ててトイレへ飛び込み、厳重に施鍵された窓のない隠微な密室で、己の手にて欲望を処理して大きな溜息をついたのだった。

16区に住むクレマン夫妻の瀟洒なアパルトマンでのパーティは盛況だった。
招待客に家中が解放されて、各部屋が色とりどりの生花で飾られ、テーブルの上には様々なオードブルが並べられて食欲をそそる。見事な木目のカウンターが目を惹くホームバーでは、ホストのクレマンがバーテンを勤め、笑いさざめく男女に好みの飲み物を、鮮やかな手つきでシェイクしたり注ぎ分けたりして惜しげなく振る舞っている。先に到着していた僕は、ベルモットを入れたグラスを片手にジェラールのストロベリーブロンドを探していたが、彼の姿はまだ見えなかった。
本当に来るのかと、少々心配になって来た矢先、玄関の方からエメラルド色のドレスを着たハリールが、長い黒髪を翻してやって来るのが見えた。
「ハリール、今夜は特にいい女に見えるよ」
「あら、バンサン、もう来てたのね」
彼女はクレマン夫人ロマーヌに笑顔で挨拶してから、ユトリロのリトグラフが掛った壁にもたれている僕の元へ来た。
「いい夜ね」
彼女は手にしていたスパークリングワインが入ったグラスを顔の高さまであげ、僕と乾杯した。
グラス同士が合わさり、クリスタル特有の金属的な音が響く。 しかし意志的な緑の瞳が強い光を放っているのは、彼女が憤慨した状態にあるのを示している。
「どうしたんだ?何か気に入らないことでもあったのか?」
「気に入らないも何も」
彼女弓形に整えた眉を釣り上げたが、周囲を憚り声を押さえて言った。
「ついさっきそこで嫌なものを見てしまったのよ」
「嫌なもの?」
ハリールがビーズ刺繍のバッグからシガレットケースを取り出したので、僕は懐からライターを出してジタンヌに火を着けてやった。彼女は一服吸い込み、真紅に染めた長い爪でタバコを灰皿の上でいらいらと叩きながら、見るからに不愉快そうだった。
「玄関で誰に出会ったと思う?」
僕は2・3の候補に思い当たったが、後日、彼女の闘争に巻き込まれるのを懸念して、わざと見当もつかぬ 風を装った。
「誰?」
「メッセンジャーのジェラールよ」
「ジェラール?!」
「そう。私、あの子大嫌いなの。誰が呼んだのかしらね?」
僕は彼の到着を知り、突如として心が弾んで来たので聞いてみた。
「彼は今どこにいるの?」
僕の上ずった調子に気付かれるかと、口に出してから少し後悔したが、その前に彼女の顔色が変わり、「あら、当の御本人よ。私、気分悪くなるから失礼するわ」と踵を返してマリー達の集まっているテーブルの方へ行ったので胸をなで下ろした。 感情の激しいハリールはジェラールがこちらへ来るのを僕より先に見つけ、嫌悪をあらわにして立ち去ったのだ。今夜のジェラールは、ゆったりした白いシャツに、ぴったりとした黒い皮のパンツを履いているので、挑発的な腰の線を惜しげもなく衆人に晒している。あの柳のような腰が男の物をくわえ込んだらどんな動きをするか知っている僕は下半身から突き上げてくる欲望を醒ます為に、酒でなくオレンジジュースを取って一気に飲み干した。

テーブルの上の食べものもあらかたなくなり、客達は、銘々飲み物を手に憩いの為に居間へ移動した。
スタインウェイのグランドピアノと本物のガレのスタンドがクレマンの自慢であるので、みなは心得ており口々にランプシェードのつる草を誉めそやしたり、ピアノのけん盤の白いキーをそっと鳴らして音色を試したりしたが、そのうち地模様のある布を貼った長椅子やルイ王朝風の椅子、サイドテーブルの上などに腰掛けたりして、話を始めた。
「今夜は珍しい顔が見えるよね」
珍しい顔とはもちろんジェラールを指している。みんなは一斉に彼の方を見た。彼はピアノに体を持たせ掛けて、その下に敷いてあるクリーム色のペルシャ絨毯に直接腰を下ろしていた。両膝を抱えて座る姿は、しなやかな仔猫がうずくまっているような可愛らしさだ。

「もっと何か飲む?」
クレマンがジェラールに声を掛ける。
「じゃあ、白ワインを下さい」
するとクレマンはカウンターの向こうで数本のワインを見比べていたが、やがて一本を選び、わずかに黄味を帯びた液体をサン・ルイのグラスに満たして、ジェラールに渡した。ジェラールは、作法どおり金縁の豪華なグラスを鼻に当て香りを味わった後、口をつけた。
「これ何だと思う?」
クレマンが茶目っ気を出して尋ねると、ジェラールはしばし考えた後、「えと、これは・・・シャトー、シャトー・・・そうだシャトー・ディケムでは?ヴィンテージは1976年かな?」
「ドンピシャ!こりゃ参ったな」
クレマンが興奮してみんなにボトルを見せると、白いラベルの銘柄と年代はジェラールの言うとおりだった。
「すごい!」
「ワイン通なんだ」
皆の驚嘆の声にジェラールは恥ずかしそうに言った。
「前に同じものを飲んだことがあっただけです・・・」

ジェラール風情が、滅多に味わえない贅沢で甘美なシャトーの冠を頂く食後酒の銘柄を気負いのない表情で言い当てるとは、僕には全く意外なことだった。腹の底から名状し難い不愉快さが湧きあがってくる。彼から気をそらすように視線を他へやると、マリーと並んで長椅子に座るハリールが、葡萄の形をした真珠のイヤリングを付け直すのが眼に入った。



 

 

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