#3 ロケットペンダント


「クソジジイ」
首に貼っているバンソウコウの理由をノブに説明しおえた潤は、金の顔を思い出して吐いて捨てるようにつぶやいた。傷はたいした深さではなかったが周囲が腫れて、目立つ場所だけに、人に会うたびにいちいちどうしたのかと聞かれることが面 倒だった。
「まあ、しょうがねえな。誰かれかまわず甘ったれるからそういうことになるんだよ」
「ノブ、聞いた?潤のヤプウでの大立ち回り」
ベースアンプに乗せてあった缶ビールを手にしてニヤつく川口を潤はあわてて止めようとしたが、すぐに横からナベが口を出した。
「それそれ、俺も聞いたぜえ、かわいそうな潤、ヤプウでまわされちゃったんだってなあ」
「まわされてなんかねえよ、もう黙っててよ」
「俺もこないだシゲオさんに会って聞いたよ。そういえば、ライブのチケットあずかってるぞ。潤にって」
ノブはズボンのポケットからサイフを取り出し、入れてあったチケットを赤面 している潤に渡してつけ加えた。
「おまえ、シゲオさんにもいやらしい約束したんだって?フェラチオがどうとか」
「約束!?そんなのしてねえよ!ちくしょう、なんだよみんなして、ムカツク!!」

潤が腹立ちまぎれにギターのボリュームを最大にしてメチャクチャにかき鳴らすと、川口が無理矢理ベースラインを作り、ナベがハードロック風のギターソロを乗せた。ノブが乱れたリズムを整理するとふたたびセッションがはじまり、そんなつもりではなかった潤も渋々従って、コードを拾いだしてカッティングをはじめた。

屋上のスタジオでのセッションは、基本のコード進行を決めてからとりかかることもあったが、たいていは誰かが何気なく出した音から発展させていく、フリースタイルだった。この方法だとその時のそれぞれのやる気に左右されたり、マンネリになることもあるが、全員の息が合ったときの陶酔感や達成感は他では得られない類いのものだった。しばらく流れに乗っていた潤は、ナベと交代にソロを弾き出すと苛立ちにまかせて乱暴でいいかげんなピッキングを続けていたが、それがいい味つけになって、セッションはテンションの上がったまま終わった。
「ひさびさにキマったな」
「タイトルは、潤の尻に捧げるレクイエムにしよう」
「ギャハハ、いいねそれ」
「もー知らん、勝手に笑ってろ」

ふてくされてアンプのスイッチを切った潤は、スタジオの外に出た。どんよりと曇った夜空に街の灯が反射して、雲を暗いピンク色に染めていた。下を走る車の音が、遠い雷鳴のようにも聞こえた。
「さえねえな。どこいても」
潤は地べたに腰をおろして手すりによりかかり、コンクリートの床に唾を吐いた。すかさず「コラ!」と言われたのでふりむくと、ナベが開けっ放しのスタジオの入り口に立って、ドアを閉めようとしているところだった。たぶん、先日注文をとっていたLSDの仕分けでもはじめるのだろう。潤はますますくさってやり場もなく空中を蹴った。

 

 

夏休みに入ってからもう2週間たつが、実家からの連絡は一度もなかった。はじめのうちは叱られるのが後回しになった安堵感しかなかったが、そのうちほんとうに見捨てられたのかと不安にかられ、もしかしたら両親は旅行にでも行っているのか、それとも思っているよりは成績が悪かったことを気にしていないのかもしれないなどと都合のいい解釈をして、何よりも自分から連絡をしたせいで呼び出されて叱られてはヤブヘビになってしまうと、結局、何度も受話器を手にしたが番号を押すことができなかった。

どうしてもつきまとうみじめな気持ちは、「ヤプウ」や金の劇団でされたイタズラや、今こうしてドラッグの取引きから仲間はずれになっている状況と相まって潤を落ち込ませ、それをごまかすために、またポケットの中のエフェドリンを探って飲み込む自分を嫌悪する。現実逃避の悪循環にいることを潤はウスウス感じはじめてはいたが、それよりも目先の時間をやり過ごすことのほうが先決だった。

「じゅーんちゃん」
しばらくしてスタジオから出て来たノブが、ふざけた調子で潤の横に座って頭に手を置いた。
「ごめんな、お兄さんたち、大人の話してたんでさ」
「ふん、べつに。俺ガキだし」
「あーあ、機嫌悪くなってやがる」
「べつに」
ふてくされて自分を見もしない潤に、ノブは言った。
「今度、いいとこ連れてってやろうか」
「どこ?」
「山」
潤が興味深げに顔をあげると、ノブは微笑みながら説明した。
「俺の実家、山梨なんだけどさ、親父が八ヶ岳の麓にログハウス建てたんだよ。キメ物も入ったし、今、中で、みんなで行かねえかって話してたんだ」
「俺、キメ物持ってないよ」
シゲオからの報酬のLSDが1枚手に入ることにはなっていたが、まだ確実ではないし、モノが違えばルートの詮索をされるかもしれないと、とりあえずしらばっくれると、ノブはからかうように言った。
「おまえはガキのクスリでもしゃぶりながら、虫取りしてればいいだろ。川口は行くって。ナベちゃんは仕事あるから来れない。ザコ寝ならあと2、3人泊れるからさ」
「虫、何がいるの?」
冗談で言ったつもりの虫取りに潤が乗ってきたので、ノブは思わずからかってやろうと思ったが、ドラッグ漬けの青白い顔にそぐわない子供そのものの目を輝かせているのを見て、自分の少年時代を思い出しながら真面 目に説明してやった。
「ちょうちょがいっぱいいる。夕立ちの後なんか、水たまりの水を飲みに、地面 にいっぱいたかってるよ。トンボもバッタもウジャウジャいるし、でかいカミキリもいるし、あと、今なら蛍がきれいだぜ」
「蛍?見たい!」
「よし、決まりだな。じゃあ、俺たちも仕事調整して日程決めるよ。おまえはどうせ夏休みでヒマなんだろ?」
家に呼ばれなければ…。潤は言いかけた言葉を飲み込んで答えた。
「うん、俺はいつでもオッケーだよ」

 



 

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