Presented by 紫龍 sama

風がそっと頬を撫でる。空はどんよりと曇っているが、夜の風はそれなりに気持ちいい。
「やはりここか」
背後から聞きなれた声がする。
「ヒューイ、脅かすなよ」
「なぁに、眠れなくてお前の部屋に行ったらもぬけの殻だったんでな。
多分ここだろう、と思って来てみたら案の定、と言うわけだ」
ヒューイは俺の前以外では絶対に浮かべない悪戯っぽい笑みを浮かべながら
俺の斜め隣になる形で見張り台の出っ張りに背を預ける。
普段はフードの中に仕舞われている薄黄緑の長い髪が風に踊るのがうざったいらしく、
抑えるように手を添える。
「その髪、切らないのか?」
「ん、あぁ……。願掛けしてるんだ」
「願掛け?」
「そうさ。先に言っておくが願いは教えんぞ」
「ちぇ、聞こうと思ったのに」
ヒューイのくすくす笑いにつられて、俺も笑みを漏らす。
俺とヒューイは乳飲み子の頃に教会の前に捨てられて、牧師さんに育てられた。
つまり実の親は知らない。だけど牧師さんが“父親”で、あそこの子供達はみんな兄弟だ。
だから、実の親なんか知らなくても全然構わない。
「早いもんだな。シオンも18歳か」
「言うな言うな。だったら俺らはどうなる。今年22、だっけ?」
「……すまん。俺が悪かったよ」
こんな年齢の話をしているが、シオンの18歳はともかく、俺達の22歳というのはかなり適当だ。
牧師さんが俺達を拾った時、大体生まれてすぐぐらいだろう、
という判断でその日から年齢を数えるようにしてくれた。
だから俺とヒューイの誕生日は同じ12/25で、年齢も同じ22歳という事になっている。
俺の意見を言わせてもらえば、
いつもシオンや俺の抑え役を見事にこなすしっかり者のヒューイの方が年上のような気がするのだが。
「まぁいい。で、今度は何を悩んでるんだ?」
「はぁ?」
ヒューイの不意の一言。しかし、なぜか胸が痛む。
「お前がここに来るのは何かを悩んでる時だからな。好きな女性でも見つけたか?」
いつもなら絶対言わない、からかうような口調。
「ばっ……! どこをどうしたらそうなるんだよ!」
「冗談だよ。図星だったのか?」
「……いきなり言うから驚いただけだ!」
ふいっとヒューイから視線を外す。横目で見てみると、
苦笑していると思っていたヒューイは真剣な顔で空を見上げている。
「星を見たかったな」
「は? 何言ってるんだ?」
「覚えているか? 昔 牧師様が聞かせてくれた星の話」
「ああ。人間が創造される前 夜の空には沢山の星が、
昼の空には太陽が輝いて人々の信仰の対象にもなっていたんだけど、
人間のあまりに勝手な行動に怒った神様が分厚い雲で永遠に隠してしまったってヤツだろ?」
「そうそう。太陽も星達も雲によって地上を見られなくなってしまった事に嘆き、それを知った神様が、
人間が寝静まった夜中だけ、という条件で星達には地上を見ることを許した、ってな」
ヒューイは一瞬だけ無邪気な子供のような笑みを浮かべたが、すぐに真顔になって空を見上げる。
「実際はこの雲が晴れることはない。俺達人間が、二度と晴れない雲を作り上げてしまったからな」
いつも以上に引き締まっているヒューイの横顔が、心なしか寂しげに見える。
「“ダナンの預言書”に記された救世主が実在すればもしかしたら、とも思うがな……。
どちらにしても無理そうだ」
「何言ってるんだ? なんか今日のヒューイ、変だぞ?」
「そうかな……。まぁ、もしかしたら星の世界に行けるような気がするからかもしれないな」
「星の世界へ行く?」
「すまない。どうやらお前の言う通り、少しどうかしているようだ」
ヒューイは軽く髪をかき上げながら苦笑して言う。
髪をかき上げる指に光る青い宝石をあしらった指輪が光り、薄黄緑の髪が風に流れる。
「さぁ。明日は捕まった教団員と教団員を捕まえたお嬢さんを迎えに行かなきゃならない。早く寝ろよ」
ヒューイは俺の頭をポンポンと撫でて、塔の中に消えていった。
俺は、ヒューイの名前を叫びそうになるのを必死に押し留めた。
ヒューイの言った事は、当たっている。
俺がこの見張り台に来るのは、必ず何かを悩んでいる時だ。
悩んでいなくても、何か解からない事があるとここに来る。
クリューヌ城で一番高いココに来ると、星と話せる気がするから。
風が俺と雲の向こうの星を繋いでくれる、そんな気がするから。
どんよりと曇った雲を見上げてみる。神様は、俺が起きているから雲をどかせてくれないんだろうか。
「……俺、怖いんだ」
声が震えている。頬を何か熱い物が伝うのが分かる。
「俺、怖いんだよ……。平和な時間が、簡単に崩れそうで……。
シオンや、ヒューイがすぐにでも俺の傍から消えちまいそうで……」
頬を伝う熱い物――大粒の涙がとめどなく溢れてくる。全身の力が抜けて、俺はその場に座り込んだ。
灰色の石の上に黒い染みが出来ていく。
滲んだ視界のまま、もう一度空を見上げてみた。
黒い雲の隙間に、光り輝く何かが見えた気がした。
きれいな、青い光。まるで、ヒューイの指輪の宝石のような……。
腕で涙を拭ってもう一度見てみたが、そこにはただ分厚い黒い雲が広がるのみ。
見間違い……? 涙が何かの光に反射したのか?
急激な脱力感が体中を襲い、俺はそのまま見張り台に倒れてしまった。
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