「弥勒先生!起きて!」




次の朝、いつまで経ってもおきてこない弥勒に痺れを切らしたかごめが
その耳元で大声を張り上げていた。


「・・・ってぇ・・・・・・大声を上げないでくれませんか・・・・」

「・・・大事な日だってのに二日酔いだなんて呆れるわ」


まったくもう、と文句を言うかごめに早々と布団から追い出された弥勒は
洗面所でざっと顔を洗うとよろよろと本日の舞台である本堂へ向かった。

そこには明け方まで同じように飲んでいたはずの夢心が
いつものごとく赤ら顔ではあるが平然とたたずんでいた。
一緒に飲み出した時点で弥勒がすでに相当飲んでいたのは確かだが
この夢心は絶えず酒瓶を傍らにおいているような飲んだくれ、
それを考えるとやはり和尚の飲んだ量は凄まじいにもかかわらず
平気な顔をしているのはさすがというか酒飲みの師匠だけはある。



「今ごろ起きよったか。おぬしもまだまだじゃのう」

「・・・・・・・そっちが化けもんなだけだろうが」


声が頭の中でがんがんと鐘を鳴らすように響いてくる。
これだけの二日酔いは久方ぶりだ。
吐き気がないだけまだましかも知れない。


「大丈夫ですか?」


和尚の陰から紋付袴の正装衣装を身に着けた犬夜叉が
普段からは想像もつかない心配げな声をかける。
きちんと正座しているその姿はやはりいつもの彼では
ないことを言わずもがな物語っていた。


珊瑚(ではないのだが)の花婿が犬夜叉(でもないのもわかっている)と
いう現実をまた改めて目の前に突きつけられて
二日酔いとは違うなんとも嫌な気分になる。


「・・・・心配無用です。きっちり成仏させて差し上げますから」

 (・・・・さっさと終わらせて心おきなく行ってくれ!)



・・・と心で本音を叫びながらも(笑)事務的に返答する弥勒に対して
まったくの疑いも見せず感謝の礼を述べて達人が深深とお辞儀をした。






───ますます自己嫌悪で落ち込む弥勒であった。






「弥勒先生、ちょっと・・・」


見るとかごめがちょいちょいと手招きをしている。 
どんよりした気分を抱えたまま弥勒が歩み寄った。


「暗いわねぇ!・・・・・ま、あれを見たら元気になるわよ」

腕を掴むとにこにこしながら引きずって行った先には・・・・





美しい花嫁姿の珊瑚がいた。




「・・・・・・・・・・・・・・・」



思わず息を呑んでその姿を見つめる。



ハイネックで後ろの裾が長い正式な総レースの純白のドレスと
白いオレンジの造花が飾られた同じく丈のあるチュールのベール。
髪は軽く結い上げられ、薄化粧が彼女の素の美しさをより際立たせていた。



「本当は達人さんに一番に見せてあげるのが筋なんだろうけど」

「いえ、この姿は本来の私ではないのですから構いません」


珊瑚の体を借りた本当の花嫁である静流がにっこりと微笑んだ。



「珊瑚さんがあなたに一番に見てもらいたいと強く願っていましたから・・・」



いじらしい気持ちがますます愛しさを募らせた。

ふわりと微笑んだその姿は珊瑚のもので。
抱きしめたい衝動を抑えなければならないのがもどかしい。

弥勒の胸の奥が彼女への想いで熱くなる。




「あ、わかってるとは思うけど」


びしりと弥勒に向かってかごめが指を立てた。



「中身は珊瑚ちゃんじゃないんだから抱きつかないでよ」

「・・・・・・」



いつもながらこの鋭さには感心する。
読まれているとは己らしくないが、それだけ余裕がないということか。



「お預けとはつらいところですね」

「たまにはいいでしょ?」


悪戯っぽく笑うかごめに苦笑して弥勒は本堂へ戻った。






紋付袴の犬夜叉が弥勒に、ウエディングドレスの珊瑚がかごめに。


にわか仕立ての媒酌人に付き添われ式が厳かに執り行われることになった。

仏前に座した新郎新婦の後ろに代理媒酌人がそれぞれ付く。
それを見計らうように夢心和尚が姿を現した。


「さて簡略式になるが始めようかの」


ご本尊に向かうと和尚が先祖の霊に二人が結婚することを報告する
敬白文(けいびゃくもん)と呼ばれるものを読み上げ始める。

夢心のいつになくまじめな和尚ぶりに感心しながら
弥勒は隣で神妙な顔つきをしているかごめに小さく囁いた。


「どうしてそんなに平然としていられるのです」

ずっと聞いてみたかったことをようやく口にする。



中身は違うとはいえ珊瑚の相手は自分の恋人だというのに。
彼女は気にしないのだろうか?



憮然としたその問いかけにかごめが笑う。


「だって犬夜叉じゃないのわかってるから」

いとも簡単に即答するかごめに弥勒は女性の強さを見たような気がした。


比べて自分はどうだ?わかっているものの素直に受け入れられず
駄々をこねる小さな子供のようではないか。



「それに・・・・」


より一層きらきらした瞳で続けた。

「一度珊瑚ちゃんをおめかししてみたかったの!いやーん楽しかったv」



「・・・・・・」

やはりかごめは最強だと弥勒は再認識するのだった。




敬白文のあと新郎が白い念珠、新婦が赤い念珠を受け取り
最後を締めくくるのは結婚の誓いだ。

・・・と、その前に和尚が仏前に置かれた小さな箱から
取り出すのは銀色に輝く二つの結婚指輪。
静流のドレスと同様にこちらには達人の思いがこもっている。

犬夜叉の姿を借りた達人が和尚から受け取り、やや緊張した面持ちで
ほっそりした花嫁の左手を取り指輪を薬指にはめた。
まるで珊瑚自身に合わせたかのようにそれはぴったりと収まった。



「・・・・・・・・・・ちっ」

隣にいるかごめに気取られないよう舌打ちする弥勒だった。



畜生、と心で嘆く。
まだ指輪は彼女に贈っていないのに。
その指に約束の印を交わすのは自分だけだと決まっているのに。



(犬夜叉の野郎・・・・おぼえてやがれ)



先程のかごめの思い切りのよさとはまったく正反対に
犬夜叉に向けられる弥勒のやつあたり(笑)

彼の心中などお構いなしにようやく式は最後の誓い、クライマックスを迎えた。

これが終われば達人と静流の二人の魂は結ばれて
天に帰ることができる。
つくづくここが教会でなくてよかったと弥勒は思う。
誓いの口付け・・・なんてあったりしたら式の途中だろうが
乱入してなんとしてでも阻止したであろうことは確実だった。


儀式に乗っ取った司婚の誓いを奉読したのち和尚が二人の
頭上に自分の数珠をかざすと経を唱えだす。

目を瞑って聞いていた犬夜叉と珊瑚の体がぐらりと傾いだ。
慌ててその体を支えると目の前に浮かび上がる薄ぼんやりとした二つの影。



「お前達は未来永劫一つじゃ」





・・・・・・ありがとうございます・・・!・・・

・・・・・・ご迷惑おかけしてすみませんでした・・・・




本来の姿で嬉しそうに手を取り寄り添う達人と静流。


和尚が数珠を一振りした。



ゆらゆらと二つの影は消えて行く。
弥勒の耳に静流の最後の声が届いた。



・・・・・・大切な人をあなたにお返しします・・・・




幸せそうな笑みを浮かべ影は掻き消えていった。
弥勒達は暫く放心したように見送っていたが
ようやく我に返り達人と静流がもうどこにもいないことを理解する。


お騒がせな幽霊が去った後の犬夜叉と珊瑚の二人は
体への負担が大きかったのだろう、未だ目覚める気配はない。
ただ二人とも顔色はよく何も心配はいらなそうだ。

腕の中で眠る美しい花嫁姿の珊瑚の規則正しい胸の鼓動を
しっかりと感じて安心すると同時に一気によせる脱力感。
寝不足と二日酔いのつけはさすがにでかい。


「・・・・・・・はぁ〜〜〜〜〜〜・・・・・」

弥勒は珊瑚を抱えて大きく気の抜けたため息を吐いた。
その姿にふふっと横から笑い声があがる。


「あの二人願いがかなって成仏できたみたいね」

「・・・・・そうでなければこんな思いをした意味がありません」

かごめも心底嬉しそうに膝枕の犬夜叉を見つめている。


のんきに眠りこける犬夜叉を見ているうちに弥勒の胸中に
再びふつふつと湧き上がる怒りのオーラ(笑)
不穏な視線を感じたのかその体がもぞもぞと動き出した。


「かごめ君」

極上の笑みをかごめに向ける。


「な・・・・何?」

その裏に何か含んでいることがありありとわかる微笑みだ。
思わず身を引くかごめ。


「すみません、先に謝っておきます」


何を・・・・と聞き返す間もなく弥勒の鉄拳が犬夜叉の頭に炸裂した。

「いってぇ!!!!!なにしやがんだっ!!」


覚醒しかかっていた犬夜叉が絶叫し飛び起きる。
いきなりの出来事にかごめはあっけにとられていた。


「やかましいっ!!人の女と式まで挙げやがって
ただですむわけねぇだろうがっ!」

「ああっ?!何言ってやがる!・・・ってなんで俺がこんな格好してんだ?!」


相当痛かったらしく目には涙を浮かべ怒りでその顔は真っ赤だ。
どうやら彼には達人が入っていた間の記憶はないらしい。
あまりのまぬけっぷりに二日酔いの頭痛がぶり返す弥勒。


「・・・・・簡単に体乗っ取られるたぁ相当の単細胞だなてめぇは」

「何だとぉ!!だ・・・・・っ!?」


誰が単細胞だ!!・・・と反論しようとした犬夜叉の言葉は喉の奥に飲み込まれた。
目の前の弥勒から発せられている絶対零度の凄まじい怒りのオーラに
全身の肌が総毛立つ。
味方ならこれほど頼もしい男はいない。
だが、敵に回したときの恐ろしさは・・・・犬夜叉には理解できるだけに
これ以上何も抵抗できるはずがなかった。
普段喧嘩なら負けない自信を持つ犬夜叉でもこういった
(特に珊瑚がらみの)切れた弥勒にだけは───




ぜぇっったいにかかわりたくねぇっ!!!




「もう・・・・それで勘弁してあげなよ」



くすくすと笑う声。
慌てて己の腕の中の彼女に視線を落とす弥勒。


「さ・・・珊瑚?!」

「うん・・・・・ただい・・ひゃっ?!」


最後まで言い終わらないうちに珊瑚は弥勒に抱きしめられていた。

「みっ・・・みんな見てる・・よ?//////」

「・・・・・・・・・・・・・」


和尚がいようがかごめがいようが(犬夜叉は問題外)人目など
気にする気持ちは弥勒にはさらさらなかった。

ただ腕の中の愛しい人の確かなぬくもりが
二度と・・・・・ここから離れぬように───


「帰ってきたよ・・・・・」

「・・・・・・・・・・ああ・・・・」



「だって・・・・・・」


少しはにかんだ笑顔は生き生きとして何よりも美しい。



「あたしだけの・・・・・場所だよね・・・?」

いつもの珊瑚らしい遠慮がちな問いかけにこぼれる笑み。



「当たり前のことを聞くな」

「うん・・・・・」

静流にも劣らないこの上ない幸せそうな表情で珊瑚が
己の居場所である広くて暖かな胸に顔をうずめると瞼を下ろす。





もうどこへも行くことのない彼女をもう一度しっかりと抱きしめた。







「・・・・・やれやれ弔事の方が得意なんじゃがのぅ・・・」

抱き合う二人の姿を見つめて小さく呟き夢心は庭に出ると空を見上げた。


その言葉とは裏腹に表情は楽しそうである。




「また近いうちにおつとめがありそうじゃわい・・・・・・」





蝉の鳴き声がひときわ高くなり、夢心和尚の呟きは青い空に紛れていった────














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幻の花嫁3(没バージョン)