それは弥勒の叔父である夢心和尚の一通の手紙が発端だった。


「たまには顔を見せにこい」



なにげないこんな手紙がまさかあんな不思議な体験の始まりだとは・・・
誰が想像しただろうか。


「・・・・・・だそうです。久しく行ってませんでしたからね
珊瑚も紹介しておきたいし、かごめ君たちも誘って泊まりで行きますか」


弥勒が手紙を置くとにっこり微笑んだ。


「かごめちゃんたちもいいの?!」
「どうせくっついてくるんでしょう?」

最初からお見通しだといわんばかりである。

「寺もお盆で人手が欲しいんですよ
たぶんこきつかわれると思いますのであまりお勧めはしませんが」



坊主のくせに酒が好きでいつも飲んだくれている叔父、夢心。
人手が欲しいということはちゃんと仕事はしているのだろう。

思い返せば毎年この時期になるとお呼びがかかるのだ。
あのくそ和尚、人を使うことに関しては抜け目がない。



まぁいいさたまにはのってやるか・・・・

そう、まさかこの軽い気持ちがとんでもない事件になるとは
まったく思いもしない弥勒であった。






弥勒と珊瑚、それに誘われたかごめと犬夜叉の一行は
車で3時間かけて山奥にある夢心和尚の寺にたどり着いた。
あまり大きくはないがそれなりに古く由緒あるお寺らしい。
しかし手入れがされてないのか草はのびほうだい、お盆だというのに
人の気配もなくひっそりとしている。

「なんか・・・・すごい荒れよう・・・ほんとにここ?」
車から降りた珊瑚が目を白黒させていた。

「いつものことですから・・・・よいしょっと。犬夜叉、荷物を運ぶのを
手伝ってください」

そう言いながら先程途中のスーパーで買い込んだ品物を
次々とそばにいる犬夜叉に手渡していく。

「食料はわかるけどよ・・・こんな軍手とかどうするんだ?」

犬夜叉が荷物を覗き込むと弥勒にたずねた。

「そのうちわかりますよ。・・・・・・・和尚様!ただ今到着しました。
お久しぶりです、弥勒です!」



寺の玄関で大きな声をはりあげてからしばらくすると奥から一人の和尚が現れた。
赤ら顔で酒のにおいをさせており、とても聖職についている人間とは思えない。


「なんじゃ、ようやくあらわれよったか。・・・・お、今年は働き手が多いの。
それもわし好みのべっぴんが二人もそろっとるわ」

「・・・・・・このエロじじぃ、手ぇ出したらどうなるかわかってんだろうな・・・」


一変して氷のような声音で素に戻った口調とともにばきぼきと指を鳴らす弥勒。
しかし慣れているのであろう、夢心和尚はほっほっほと笑いながら
いたずらっぽく弥勒の耳元に囁いた。

「・・・・・なんじゃまだやっとらんのか?お前らしくない手の遅さだの。
なんならわしが手ほどきしてやっても・・・・」


その瞬間無言で弥勒のげんこつが和尚の頭に飛んでいた。





「・・・・お前も冗談がわからんやつよのう。なにもこんな年寄りを
思い切りなぐらんでもいいだろうに」

冷たい麦茶を差し出す和尚の頭には大きなたんこぶがひとつ(笑)

「都合のいいときばっかり年寄りになるんじゃねぇ、まったく相変わらずだな」


かごめと犬夜叉はあっけにとられて見ていたようだったが
珊瑚は笑いながらも嬉しそうに眺めていた。
すっかり素に戻った弥勒と和尚のやりとりは普段見ることのない光景だ。
二人でいるときにしかあまり聞くことのない口調は気を許している相手にだけ。

敵とみなしたときの柄の悪さは別として(笑)

口は悪くてもやはり信頼しあっている二人なのだとよくわかる。

が───


「ほれ、おぬしの仕事じゃ」

しばらくすると夢心はどこかから一組の着物を持ってきて弥勒に差し出した。
どうやら・・・・法衣らしい。
よりにもよってそちらの方面まで手伝わさせる和尚はやはりつわものである。

「・・・・またこれを着さすのか、くそ坊主」

睨み付けるが敵もさるもの、当然とばかりにひるむ様子はない。


「先生、お坊様の真似までするんだ」
驚いているのは珊瑚


「白衣と対象でいいかもね」
楽しそうなのはかごめ


「こんな煩悩まみれの坊主なんかいねぇぞ」
余計な一言で蹴っ飛ばされているのは犬夜叉


諦めた様子で弥勒ははぁぁ〜と大きくため息をつきながら肩をすくめてみせた。

「子供の頃から夏休みになるとここに預けられて
毎日毎日寺の手伝いさせられてりゃお経のひとつも覚わるからな」

「何を言う、体の修行とともに精神の鍛錬にもなろうというもの
いい機会であろうが」

まじめな顔をしてそういいながら和尚がこっそり耳打ちする

「盆の檀家回りもおぬしが一緒だと扱いもよくなる。最近は若い
奥方も多いからお布施も期待できそうじゃ」

「なっ!・・・てめぇ俺をなんだと・・・」


反論するも和尚の一言で撃沈することになる



「あの娘に今までおぬしがしてきたことをばらされたくないであろう?」



・・・・・かくしてにわか法師(本人はあくまでも坊主ではないというので)の出来
上がりであった。





しぶしぶ法衣に着替えた弥勒と夢心和尚が檀家回りに出かけたのは
午後をしばらくすぎた頃だった。
夕方には戻るということだったので、残った面子はそれぞれ
振り当てられた作業を始め、しばらくもくもくと没頭していた。


「まったく・・・なんで俺がこんなことしなけりゃならねぇんだ」

犬夜叉がぶちぶち文句をいいながら境内の草を刈っている。
そのうちにわかる、と言った言葉はこういうことだったのか。
軍手はしっかりと役に立っているようだ。


「仕方ないよ、お世話になるんだから手伝いくらいはしないと」
「働かざるもの食うべからずでしょ、ただでさえ人一倍食べるんだから」

そういう珊瑚とかごめは本堂の掃除をしていた。
和尚が出かける前にちゃっかりと3人に指示を出していたのだ。
文句をいいながらも犬夜叉の作業は早くあらかたの草は
綺麗に刈り取られ、来た時とは比べ物にならないほど
寺は静かで落ち着いた風格を取り戻しつつある。

珊瑚とかごめの二人も本堂の掃除を終えようとしていた。


「そろそろ夕飯の支度にとりかからなくちゃ」

「そうだね・・・さっき和尚様に案内されて見たけどここ
ご飯はお釜でたくんだって」

珊瑚の台詞にかごめが驚く。
それもそうだろういまどきお釜でご飯を炊くことなんてほとんど皆無だ。
キャンプファイヤーでの飯盒炊飯をせいぜい経験するくらいである。

「あたしお父さんの田舎で何度かやったことあるから大丈夫だよ
先にいって準備してくるね」



本堂の掃除の仕上げをかごめにまかせ、珊瑚は台所へ向かった。
かごめに言ったとおりここにはかまどがある。
電気はきているのだから炊飯器くらい使えばいいだろうとは思うが
やはりお釜で炊いたご飯のおいしさを知ると炊飯器では味気ないのだ。

(まずは薪を取ってこないと)

土間の勝手口から裏手に出て薪を捜す。
容易にそれは見つかり一束抱えて戻ろうとしたその時・・・


ちりん・・・・・・



(鈴の音?)


ふ、と音のした方向に目をやると、黒猫がこちらを金色の眼でじっと見つめている。
お寺で飼われているのか、それともどこかの飼い猫なのか。
気ままな放浪猫にしては首輪もしているし、毛並みも艶々している。
どちらにせよ猫好きな珊瑚はなにげなしにその黒猫に近寄っていった。
するとその猫はおいで、おいでをするように尻尾をゆらゆらゆら揺らしながら
どこかへ珊瑚を誘導するかのように移動していく。


ちりん・・・ちりんと鈴の音に導かれながら、ふと気が付くといつしか蔵の前に
来ていた。


蔵の扉は少し開いており猫はそのすきまに消えていった。
珊瑚も猫を探して中を覗き込む。

「おーい、こんなところに入ったら出られなくなるよー」

「猫ちゃん、出ておいでー」

呼んで見るのだが中に入ったまま出てくる気配はない。
仕方なく中に入ると奥のほうでまたちりんと鳴る鈴。
その音に誘われて奥へ進むと猫は一つの箱の上で今度は動こうとはしなかった。



・・・・・・おねがい・・・・・・・



「え?なに?」


耳を済ませてみても蔵の中は静まり返っている。
見渡してみるが誰もいないようだ。
気のせいだと黒猫を抱き上げ外に出ようとしたとたん。



・・・・・・おねがい・・・・・私のねがいをかなえて・・・・・!・・・・



一瞬まばゆい光に包まれたと思うと珊瑚の思考はそこで途切れた。





犬夜叉は草刈を終え、竹ほうきを捜して裏にやってきていた。
珊瑚が蔵に入っていく姿は見ていたが、その後なかなか
出てこないため不審に思い蔵へ足を踏み込んだ。

そこで倒れこんだ珊瑚の姿を見つけあわてて駆け寄る。



・・・・・・・ねがい・・・・・・・

・・・・・・・・・・かなう・・・・・・・・・



「なんだ?誰かいるのか?・・・・・・おい・・・・!珊瑚?しっかりしろ!」

珊瑚を抱き起こしたそのとき、光が今度は犬夜叉を包みこむ──





弥勒と夢心が戻ったときかごめは半泣き状態であった。
台所にいるはずの珊瑚と掃除をしていた犬夜叉がいつのまにか消えていて
あちこち捜し回ってようやく見つけたときには二人ともどんなに呼んでも
意識を取り戻さないのだから、驚きと心配で不安にもなろう。
とにかく寺の中に運び込み様子を見てみるが、特に外傷もなく
意識はないが脈拍も血圧も正常でどこにも異常は見当たらない。


「どこも悪くないのにどうして意識を取り戻さないのかしら」

犬夜叉を心配そうに見つめるかごめがぽつりと漏らす。
そして珊瑚の傍らで青い顔をして黙り込む弥勒をちらりと見やった。
弥勒はさっきから一言も言葉を発していない。
倒れている珊瑚を見つけたときの彼の悲痛な表情は忘れられないだろう。

「あの蔵の中に何か原因があるやもしれん。わしは調べてくるから
しばらくこの二人は様子を見て、変わったことがあったら教えるのじゃ」

和尚が蔵に消えてからしばしの無言の時が過ぎてゆく。
弥勒はずっと珊瑚の顔を見つめていた。
最初珊瑚を見つけたとき心臓がとまり体温が凍りつく思いだった。
彼女に何が起きたのかはわからないが、なんであろうと
なにがあろうと失うことなど耐えられない。
珊瑚の笑顔が戻るなら俺はどんなことでもするだろう。

そうさ、どんなことでも・・・・・・


「う・・・・・・」

珊瑚と犬夜叉が揃って覚醒の兆しをみせた。
弥勒とかごめの表情もぱっと明るくなる。


しかし・・・・・・・・


「珊瑚!!気が付いたか?!」
「大丈夫?!犬夜叉!」


喜んだのもつかの間、詰め寄る二人を尻目に完全に目覚めた彼らが
とんでもない言葉と共にとんでもない行動を起こしたのだ。

「これで一緒になることが出来る」
「嬉しい・・・・」

見つめあい抱き合う犬夜叉と珊瑚。
あまりのことにあっけにとられるかごめと弥勒。
しかしはっと我に返ると今度は慌てて引き剥がしにかかった。

「てめぇ!俺の珊瑚を離しやがれっ!」
「あんたなんで珊瑚ちゃんに抱きつくの?!」

なぜかいっせいに非難されるのは犬夜叉。

しかしそれに対して発せられた言葉にさらに驚く。


「私達はこの方達の体を借りました。
とり憑いて連れて行こうとか、そんなつもりはありません。
願いさえかなえていただければ成仏できるのです」




驚きながらも落ち着きを取り戻した弥勒とかごめは
ようやく冷静に思考が活動を開始し今の現状を把握していった。
いつもの口の悪さはなくまっすぐな眼で犬夜叉が
真剣に話す姿を見ると、どう見ても別人としか思えない。
にわかに信じられない話だがどうやら本当のことのようだ。

「では・・・・珊瑚・・・・・ではないと?」

犬夜叉から引き離し自分の目の前にいる珊瑚に
弥勒がいぶかしげに問い掛ける。

先程の悪夢のような光景は実際信じたくないものだ。
あのときの珊瑚が真実なら自分はどうにかなるだろう。
実際犬夜叉に対して湧き上がった感情は恐ろしいほどの激情だ。

この感情を・・・・嫉妬というのか。


「違います。私の名は静流(しずる)、そちらにいるのは
私の婚約者で達人(たつと)さんといいます。」

珊瑚の体を借りているという静流がそこまで言ったあと
少し躊躇しながらも法衣の弥勒に向かってはっきりと願いを告げる。






「お坊様お願いします!私達を結婚させてください!」





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幻の花嫁1(没バージョン)