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presented by 紫龍sama

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「あ。いたいた〜。テュール!」

 一団の先頭に立っていた女性がこちらにやって来る。 以前に見た時の動きやすそうなライトメイル姿ではなく、美しいドレス姿だ。

「久し振りでござるな、フォクシー殿」
「ええ。テュールも元気そうね」
「おかげ様で。シオン殿も相変わらずですな」
「おい、コラ。そりゃどーゆー意味だよ」

 フォクシー殿の後ろから遅れてやって来たマントを羽織り、立派な白銀の鎧を纏った、 淡い金髪に眼帯の男性――シオン殿が憮然として答える。

 クリューヌ城の南にある、我等のルドラが奉られた《巨人の塔》。

 ミトラとの戦いの後、地球に帰って来た拙者はこの塔の番人としてこの塔に住んでいる。

「しかし珍しいでござるな。フォクシー殿とシオン殿だけならともかく、 クリューヌ騎士団がわざわざやって来るなんて」
「まぁな。この前ゾラのババアとサーレント、 それからカーンのリザにちょいと気になる事を聞いたんでな」
「気になる事、でござるか」
「ああ。この塔に邪悪な思念が宿っているんだと。それも複数な。 てな訳で、一応見張りってコトでここに何人かウチの兵士を置く事になったんだが、大丈夫か?」
「拙者は構わぬでござるが・・・・・・」

 拙者はちらりと後ろに控える兵士達を見る。

「ああ。心配いらねーよ。任務のコトは言ってあるし、肝の据わった奴だけを選んだつもりだ。 俺もたまにはこっちに来るしな」
「それなら心配いりませんな」

 拙者は言ってにっこりと笑顔を浮かべる。 このように笑顔を浮かべると言うのは、シオン殿達と旅をした時に覚えた事だ。

「んじゃ、ここの指揮官としてダグを置いて行くから。 何か言っておく事とかがあったらこいつに言ってくれ」
「承知いたした」

 シオン殿は言って、 傍らに居た少し小柄な青年に何言か言い含めてフォクシー殿と共にクリューヌに帰っていった。 騎士隊隊長として色々雑務が有るらしい。
 不意に服の裾が引っ張られるのが分かった。 見てみると、先ほどシオン殿の傍らにいた青年が裾を引っ張っている。

「一度面識はあるけど、ダグだ。改めてよろしくな」
「こちらこそ。よろしくでござる」
「一応頼りにしてるぜ。俺達、言霊とかはほとんど素人だからな」
「承知いたした。ところで、詳しい話を聞かせて頂きたいんだが?」
「あ、ああ。 俺、アニキにもサーレントにも説明してもらったけど全然分からなかったからな・・・・・・あ。 そうだ。おい」

 ダグと名乗った青年は兵士の中から一人を呼んで、詳細を説明するよう言った。 その兵士の説明を整理すると、およそこういう事になる。

 言霊山のゾラ殿、そしてトール火山のサーレント殿、そして北の大陸のカーンにいるリザ殿が、 最近になって――拙者が巨人の塔の番人をし始めて約一週間経ったあたりから自然には有り得ない、 邪悪な思念の波を感じ始めた。
 最初は微弱なもので、大した事はないと思っていたが、それが日を増すごとに少しづつ、 少しづつ強くなっていき、今ではその思念の波が声に聞こえると言う。 そして、その思念の波を辿ると、丁度この巨人の塔にあたるというのだ。
 それを聞いたシオン殿がクリューヌ王に進言し、こうして兵を見張りに付けると言う事になった、という訳だ。

「・・・・・・ふむ。大体の事情は察せたが・・・・・・」
「お前、ずっとここにいたんだろ? 何かおかしな事とか無かったのか?」
「う〜ん・・・・・・そう言われても特に目立った事は・・・・・・」
「まぁ、一人じゃ分からないってこともあるしな。 これからは俺達が一緒にここにいるから、何かおかしな事が有ったらどんな些細な事でも言ってくれ。 俺達も何か有れば必ずお前に言う。いいな?」
「異存無い」
「よっし。んじゃ手始めに、じゃないけど、俺達のキャンプ、作るの手伝ってくれるか?」
「お安い御用でござるよ」

 拙者は、少し怯えながら言う青年に笑って答えた。




「どうだ? うちの連中は」

 クリューヌ兵達が塔に駐在して早一ヶ月。
 雑務に一区切りを付けたシオン殿が久し振りに塔に来て、拙者の肩に乗り、 あちこちで動きまわる部下達を眼下に、酒をあおりながら聞く。

「良い兵士ですな。拙者にも打ち解けて言霊の事や一年前の戦いの事などを聞いてくる」
「そうかい。お前に良い兵士と言われりゃ、連中も鼻が高いだろうぜ」

 シオン殿は瓶の酒を一気に飲む。

「連中は、俺の下につく為にクリューヌに来たって奴等がほとんどだ。 でも、それは《金色(こんじき)の騎士 シオン》の下にって意味で、 《一介のクリューヌ兵 シオン》 の下にって意味じゃない」
「・・・・・・シオン殿」
「ここにいる連中の中で《一介のクリューヌ兵士》の俺の下についてるって言ってくれるのはダグと、 昔から俺を知ってる奴等のごく一握りだ。 あとの連中は、伝説のジェイド戦士の部下って言葉に酔いたい連中ばかりさ」

 シオン殿の顔が俯いて、表情が金髪に隠れる。

「・・・・・・それなら拙者とて同じ事。もし拙者がシオン殿の、《金色の騎士》の従者でなければ、 あのように受け入れられる事はないでしょう」
「テュール?」
「人間にとって巨人族は恐怖の対象であると聞きました。 大きな体に、強すぎる力・・・・・・その拙者が、今、こうしてクリューヌ兵士達と笑いあえるのは、 あの戦いにおいて、《シオン殿》の側にいたから・・・・・・」



  ズゥン・・・・・・!



 不意に巨人の塔の中から何かが崩れるような、何か大きな存在が動いたような音がした。

「アニキ!」

 眼下からダグ殿がこちらを見上げて声を張り上げる。

「どうした! 何が起こったんだ!」
「巨人の塔の、ラゴウ石を念のため調べてたんだ!  そうしたら、いきなりラゴウ石が・・・・・・!」
「ダグ! ここは俺とテュールでどうにかするから、お前は兵士達を連れて城に戻れ!  それから、言霊でサーレント達に連絡を!」
「分かった! 気を付けて!」

 シオン殿は一息に拙者の肩から飛び降り、剣を構えて塔の中に駆け込む!
 拙者もメイスを持ってその後に続く。

 塔の中には、先程の音が満ちているが、振動は伝わらない。 実体を持つモノではないのだ。

「テュール、ラゴウ石の所に行くぞ! くっそ・・・・・・またあのルドラが暴れてやがるんじゃないだろうな?」
「何とも言えませぬ・・・・・・ただ、あの時とは確実に何かが違う・・・・・・そんな気がしてなりませぬ・・・・・・」
「とにかく急ぐぞ!」

 地を蹴って全力疾走するシオン殿の背を懸命に追いかける。

 塔に入ってから、何かの思念が拙者にまとわりついてくる気がする。 いつかにも感じたような、この感覚・・・・・・・コレは・・・・・・・いや・・・・・・あれは、誰だったか・・・・・・・?

 目の前がふっと暗くなる。

  ドサァ!

「テュール!」

 先に走っていたはずのシオン殿の顔がやけに近く見える。 不覚にも倒れてしまったようだ。

「溝に足を取られてしまっただけの事。シオン殿、拙者に構わず先に! すぐに追いつきまする故」
「・・・・・・分かった! あまり無理はするなよ!」

 シオン殿の背が再び遠くなる。
 拙者は近くの壁に寄りかかりながら何とか体を起こし、回復の言霊を唱える。 少し楽になった気がするが、あまり変わってないようにも思われる。
 最上階が近付くにつれ、音はだんだん静かに、消えるようになっていく。

「シオン殿!」

 ラゴウ石のある最上階への階段を登り切り、金髪の兵士の名を呼ぶ。

 最上階がその視界に全て収まった時、一瞬、これが夢だと思いたかった。

 床に倒れる人影は正しくシオン殿・・・・・・全身から血を流し、 その手に血に濡れていない白銀の剣をしっかりと持っている。 おそらく、攻撃する間もなくやられたのだろう。
 そして・・・・・・その傍らに立つのは・・・・・・・ダナンの空中宮殿で確かに倒したはずの・・・・・・・

「スルト・・・・・・・!」
「よお・・・・・・テュール・・・・・・・久し振りだなぁ」

 倒れたシオン殿の傍らに立つ、青を基調にした鎧を纏った巨人は言って、 ゆっくりとこちらに顔を向ける。
 そして・・・・・・生きていた頃と変わらぬ動作で、鈎爪についた血を舐めとる。

「なんだ、そのしけたツラは・・・・・・久々に会ったってのによぉ」
「スルト・・・・・・お前は・・・・・・・我々が倒したはずだ・・・・・・ダナンの空中宮殿で、確かに・・・・・・!」
「そうだとも。俺は確かにこの小僧とお前達に倒された。そのあと救世主の小娘にもやられたよ。 だがな、俺の野望はそれ位じゃ止まらないんだよ」

 スルトは生きていた頃よりも凶悪な笑みを浮かべ、パチン、と指を鳴らした。
 それに応えるように、スルトの背後に巨大な影が具現する。それは、漆黒の甲冑を纏った巨人・・・・・・。

「我等巨人族の始祖、巨人族のルドラ アビリジャ。俺は、ルドラの加護を受ける事に成功した!」
「ま・・・・・・さか。そんな事が・・・・・・」
「起こるんだよ。現実にな」

スルトの口の形が邪悪に吊り上がる。

「さて、テュール。俺がわざわざ此処に来たのはな。お前を誘う為なんだ」
「拙者を・・・・・・?」
「そうだ。俺もアビリジャも既に亡霊、見えるヤツにしか見えない。 だから、お前の生身の体が必要なんだよ」

 スルトの手がこちらに伸びる。
 頭の中が真っ白になっていき、スルトの声以外、何も聞こえず、何も見えなくなった。

「なぁ、テュール。我等の手で再び巨人族の栄華を取り戻そうではないか。 お前も、人間族には随分な目にあわされただろう・・・・・・?」

 スルトの手ともアビリジャの手ともつかない、とにかく亡霊となった巨人の腕が肩に触れる瞬間、 拙者はその腕を握り、そこで止めた。

「・・・・・・どういうつもりだ」
「これが俺の答えだ。俺は今の世界がそれほど嫌いじゃないのでな」

 言って、俺は手の中に凝縮した光をスルトの顔面に押し付ける!

「テュー・・・・・・・ル・・・・・・・」
「同族のよしみだ。せめて苦しまないよう、一息に止めを刺してやる」
「ふん・・・・・・お前も暴れ者のままだったってことか・・・・・・」

 瞬間、あたりに広い光が満ち、スルトも、アビリジャも消えた。

「・・・・・・言ってろ」
「テュール・・・・・・お前、《俺》なんて言うんだな・・・・・・」

 不意に背後から言葉がかけられる。
 見ると、たった今階段を登り切って来たという風な、鳩尾をおさえたシオン殿の姿があった。

「シ、シオン殿!? スルトに殺されたんじゃ・・・・・・・」
「はぁ? 何言ってんだよ。 俺に先に行けなんて言ったくせに余裕で抜いていきやがってよ、おまけに何言っても振り返らねーで。 やっとこっち向いたと思ったらいきなし鳩尾に一撃食らわしていきやがって」
「へ? 何を言っても振り返らなかった? 鳩尾に一撃!?」
「おいおい。しっかりしてくれよ・・・・・・」
「いや・・・・・・しっかるするも何も、拙者全く覚えに無いのだが・・・・・・・」
「をいをい・・・・・・。で、なんで《俺》っていわねーんだ?」
「べ、別に意味はないが・・・・・・・」
「意味が無いなら《俺》って言ってもいいんじゃねーの? ま、俺は普段の方が似合うと思ったけどな」

 シオン殿は言って今登って来た階段を壁伝いに降りていく。

「シ・・・・・・シオン殿・・・・・・」

 拙者の呼びかけに、シオン殿の顔がこちらを向く。 初めて会った時と同じ、無鉄砲なこと以外は何処にでもいる兵士の顔で・・・・・・

「おら、何ぼさっとしてんだ。帰るぞ」
「・・・・・・本当に、変わりませんな、貴方は」
「あ? どーゆー意味だよ」
「いや・・・・・・大した意味はござらんよ」

 拙者は笑いをかみ殺して、憮然としながらも階段を降りるシオン殿の後についてラゴウ石を後にした。



 塔の一階では、シオン殿を心配したのか、 例の動きやすそうなライトメイルを身に纏ったフォクシー殿が兵士達と喧々囂々の口論を繰り広げていて、 お手上げ状態のダグがシオン殿に泣き付く。
 更にお手上げ状態のシオン殿には悪いが、かくも平和な光景だ。






我等が始祖 破壊神アビリジャよ・・・・・・・・・・

この時が、永久に続くようにと汝に願う事は、許される事だろうか?

もし許されるなら・・・・・・我が願いを聞き届けたまえ・・・・・・














「テュール! 何とかしてくれー!」
「何とかと言われましてもなぁ・・・・・・」

 かくも平穏な日々。空に最も明るく気高い星が瞬いている・・・・・・・





〜 F I N 〜
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