presented by 劉米紫
目の前でボロくずのように倒れ伏す男を、見下ろした。
ほんの一瞬前まで、<教祖>と呼ばれていた男を…。
「大人しく同行すると言うなら、命までは取らんぞ」
…とは言ったが、身にまとったローブは、すでに大量の血を吸い込んでいるはずだ。
だが、暗闇と同じ色に阻まれて、その事実を知覚で確認することは出来ない。
確認できたところで無意味なことだろう。
どうせこの男は、ここで息絶える。冷たい石畳にその身を抱かれたまま…。
憐憫の情などわかぬ。この冷たい死に見合うほどのことを、この男は…。
「……く…く……」
不意に男からもれた力無い笑いが、何故か静寂を引き裂くほどの事件に感じられた。
しかしそれは、男の笑い声ではなく己の心に起因していたらしい。
何故なら、約1年ごしの密命を果たしたにもかかわらず、
私の心には<達成感>と呼べるものが一切無かったのだ。
ただ寂寞とした虚しさが吹き荒れるのみだった。
これはいったい何なのか…?
「…くく……お…前も気付きかけて…いるのだろう……」
「?!」
「……これ…が勝…利などで…ある…ものか……い…や…寧ろ…敗…北…」
「…どういう意味だ!」
我知らず声を押し殺してしまうのは、後に続く言葉を脳裏のどこかで知っているが故…。
そうだ。お前はこう言うのだろう。
私一人を殺したところで、人類の滅びは止められない。
1年近くもこの、「ルドラ教団」と名乗る集団を追跡していれば、おのずと知れてくる事実だった。
それを受け入れることを拒絶する意志が、この男の命を奪ったに過ぎない。
この1年、私はずっと心の奥底で叫び続けてきた。
人類は救えない。
私たちという個体が干渉できる領域の外で、何かの意志が働いている。
人類が生まれた時点ですでに、<人の歴史>と呼べるものの流れは決まっていたのだ。
我々を脅かすものと命を賭して闘っても、それは何の価値もない、無駄なあがきに過ぎないのだ。
それならば何故…!?
人類の創造主は、人類に<意志>を与えたのか?
選択肢を与えられていないのならば、人類に意志など必要ない。
創造主の要求に応えられるレベルのプログラムのみを与えた方が、何倍も能率が良い。
「高みの見物を決め込んで、微弱な私たちの抵抗をあざ笑うため…か?!」
かすかに沸き上がった憤怒の情は、灰色をした退廃と絶望の内に塗り込められていき、
やがてそれらと同じ色に染まる。
ローブの許容量を超えた男の血液が、石畳の隙間を赤く染めていくのを、ただ無気力に見つめていた。
思考だけが、止めどなく渦を巻く。
…人は何のために怒り、笑い、悲しむのか…
…何故滅びるものが、生み、育て、守るのか…
…全ての感情は、自らが感じたものではなく、何者かが作ったものなのか…
作られたものにしては、出来が良すぎる。
脳裏でそう、自分が投げやりに毒づくのを、他人事のように感じた。
どれだけの個体が、誰かを愛し、何かを欲してきたことか。むろん私自身も例外ではなく…。
………ワタシジシンモレイガイデハナク…?
不意に、ある感情が私を襲った。
しかしそれは、かつての私が持っていたものではない。
未だかつて感じたことのないもの…。
そうであるにもかかわらず、その感情には強い懐古の念を覚えた。
否、そんなに昔のことだっただろうか?
記憶の奥底に、わずかな霞のようにかろうじて残っているのは…
そろそろ決着をつけるか!
のぞむところだ! いくぜっ!
* * * * *
私は、かつて<教祖>と名乗っていた男と同じ穴のムジナだった。
いや、寧ろ私の方がたちが悪いかも知れない。
男を殺して、その地位を奪ったのだから…。
全ては、シオン…お前のためだ。
私が人に定められた運命に絶望したのは、己の力では何一つ変えられぬことを知ってしまったがため…。
だが、それよりも重いのが、お前の存在だ。
お前を憎んだことは、ただの一度もない。お前を疎ましく思ったこともない。
お前の成長ぶりに驚き、感嘆し、そして喜ばしく思ったことのみが懐かしく思い出される。
それでもなお…。
勝負を挑まれたあの時、手加減というハンディをほんのわずかだけ軽くすれば、私は簡単に勝てた。
相手に悟られるほどの殺気を込める必要など、皆無だったのだ。
私はあの時、本気でお前を殺す気だった…。
* * * * *
私は<大切なもの>など持ったことがなかった。だからそれまで気付かなかったのだ。
だが、<シオン>という存在を知って以来、私は意識の奥底で常に怯えていた。
今思えば、大切なものを失うことを恐れ、それによる耐え難い哀しみに見舞われることの無いようにと、
祈ってばかりいた。
恐れるあまりに、ふと気付くといつも、冷たくなったシオンの姿ばかりを脳裏に描いていた。
その度に、シオンを失うことへの恐怖は膨張していった。
だから…
シオンの<時>を止めてしまいたい。
私の手の届く場所にいるうちに<時>を止めれば、私は永遠に<シオン>を失うことはないのだ。
おそらく、私の潜在意識の中には、常にこの願望が身を潜めていたのだろう。
明確に自覚されていなかった頃は、この衝動は理性によって阻まれていた。
だが、今は違う。理性だの、社会的地位だの、そんなものはもうどうでもいいのだ。
遅かれ早かれ滅びる種族なのだから、
そんなものの作ったルールの中で小忙しく生きていく必要は無かろう。
それに、創造主が決めた<運命>は私にとって都合の良い方へと進んでいた。
シオンがその身に光る印・ジェイドを宿したというのならば、
次に生まれる種族の祖にしてしまえばいい。
そうなれば、シオンは石の中で眠り続ける。
シオンの<時>は完全に止まるのだ。
今、私が準備した罠にかかったシオンが、私の目の前に、私を庇うようにして立っている。
「…<ルドラ>とは人間の…いやそれまでの種族の天敵…」
「大丈夫だ! 俺たちと隊長が力をあわせりゃ負けやしねえ!」
自信と活力と、そして私への信頼に満ちあふれた力強い声だった。
この1年間、もしもシオンが傍らにいてくれたのならば、もう少し違っていたかも知れない…。
そんな思いが胸をよぎったが、すぐに雲散霧消していく。
すでに賽は投げられた。
私が行おうとしている<洗礼>は、
この冷たい灰色の石畳をシオンの暖かい血によって赤く染め上げるかもしれない。
あの日の、あの男によってそうであったように…。
これでやっと、私の永い苦しみに終止符が打たれる。
琥珀色の髪から覗く、日に焼けた健康的な首筋を見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…次なる<ルドラ>は完全なる種族……シオン、見てみたいとは…思わぬか…?」
GAME OVER
この小説は
「カクレザト」さま
の作品
「ターレスの勝利」の影響を
思い切りうけております
*作者コメント*
この小説は、「カクレザト」のうつせみかげろう様のイラストに、
思い切り触発されて書きました。
といいつつ、かげ様のイラストを見てすごい衝撃を受けたんだけど、
何でそんなに衝撃を受けたのかよく分かってませんでした。(おい)
衝動の赴くまま文章にしてみて、ようやくなんか分かった気がします。
ちなみに注意事項。
ここに描かれているターレス隊長の人物像はかなりやば気ですが、
fanの方、怒らないで下さい。
あと、彼、別にホ●じゃないです。そういう視点でシオン君を見たりはしてません。多分…。
最後に、こんなもん書いてしまいましたが、作者の人格を疑わないで下さいネ。
|