乙女チックロゥキック

presented by 劉 米紫
「フォクシー様、お友達がお訪ねて来られておりますが・・・」

 あの長いようで短かった16日間が過ぎてから、どうしても気が塞ぎがちになって、 私はあまり人に会うことを好まなかった。
 ドアの向こうで、爺やの、私の機嫌を伺うような声がしたのは、そのせい。

 ダメね、使用人に気を遣わせるなんて、我がまま娘の典型じゃない。

 とても人に会いたい気分じゃなかったけど、私はイスから立ち上がった。
 できるだけいつも通りを装って、自室のドアを開ける。

「どなた?」
「男の方ですが」

 レギンかしら? 正直に言うと、『仲良く遊んだ』というより、 『いじめた』っていう記憶の方が残ってたりするんだけれど、 訪ねてくるときには、レギンはいつも『友達』と名乗っていたから。

 あのお調子者と話したら、きっと少しは元気が出るわね。

「いいわ、お通しして」
「はい、かしこまりました」

 恭しく頭を下げるその表情に、ホッとした様子が浮かんでいるのに気づいた。
 思わず溜息が漏れる。

 ・・・そんなに、態度に出てるのかしら?



 地底から、デューンの方舟(ホントはデューンのじゃなくて、ラミレスのものなんだけど) で地上に送られて・・・・。
 その途中でシオンは、「一人で月へ行く」なんて、とんでもないことを言い出したけれど、 私達には、シオンを止めることなんて出来なくて・・・・。
 ただ、無事であれと祈りながら別れた。

 私達がまだこうやって生きているということは、 シオンや、他の仲間が月での使命を無事に果たしたということ。
 シオンたちは無事に月から帰ってきただろうことも、間違いない。

 でも、私は、シオンに会わなかった。
 方舟で別れてから一度も。

 だって、どんなふうに顔を合わせたらいいのかが、分からないから。

 はじめて会ったときは、お互いに『戦士』だった。
 あの15日間は、同じ目的を目指して力を合わせる『仲間』だった。

 方舟を降りてからは・・・・。


 私は『戦士』としても『仲間』としても、シオンに会うことは出来ない。
 私達の間には、もう同じ目的などないし、何よりも・・・・。

 何よりも、私が自分の気持ちに気づいてしまったから。



 今までに、『女性』として人に向き合ったことなんてない。
 だから、顔を合わせたとき、どんなふうにしたらいいのかが分からない。

 もし仮に、『女性』として向き合えたとしても、 それをシオンがどう思うのか・・。

 『仲間』としては受け入れてくれても、『女性』としては、どうだか分からない。
 シオンが女嫌いだ、なんて話、一言も聞いたことが無いけれど、 今までとは違う自分を見せて、避けられたりしない保証だって無い。

 そんなふうになるくらいだったら、『仲間』だったあのときのまま別れて、 会わないでいた方がずっといい。


 だから私は、シオンに会わなかった。



 だけど、本心をいうと、すごくシオンに会いたい。
 気がつくと、シオンのことばかり考えている。
 何をしてたって、シオンのことが頭から離れない。

 そのくらい・・・・。

 そのくらい、私はシオンが・・・好き。



 だから、会いにいけない。
 でも、会いたい。


 ・・・そうね。こんなに矛盾した気持ちを抱えていれば、 気づかないうちに態度に出てるわね、きっと。
 爺やにだって、分かるはずだわ。

 いつまでも、こんな状態でいちゃ、いけない。 ちゃんと結論を出さなくちゃ・・・。

 ・・・レギンに、相談してみようかしら?
 ううん、レギンじゃダメ。とても出来ないわ。
 それよりも、ミーミルの方がいいわね。
 明日にでも、カスタギアさんのところへ行ってみよう。
 そうしよう。


 決心したら、何だか気持ちが軽くなったような気がした。
 何だか余裕も出た感じ。
 そうね、せっかく訪ねてきてくれたんだから、 お茶くらい準備しておいてもいいわね。

 ティーカップを暖めていると、二人分の足音が近づいてくるのが聞こえた。

「おつれいたしました」
「ありがとう」
「では、わたくしは失礼いたします」
「? ・・ええ、ごくろうさま」

 いつもだったら爺やがお茶を煎れてくれるんだけど、 爺やはそのまますぐに下がっていった。
 私がもう準備をしてるのに気がついたのかしら?
 ・・・? レギンも変ね。いつもだったら、気安く入ってくるのに。 何で入ってこないのかしら?

 何となく不思議に思いながら、ドアの向こうに声をかける。

「どうぞ」
「ん、あぁ、邪魔するぜ」


 ・・・・え?

 今の・・・・って?



「・・・・シオン?」
「? 何だ?」

 戸口に立ってるのは、どう見てもシオン。
 見たことも無い軽装で、いつも額にしてるバンダナで後ろ髪を一つにまとめているけれど、 間違いなくシオン。

 ど・・・・どうしよう?
 私今、絶対に、顔赤いわよね?
 手も震えちゃったりしてるし・・・。

「やっぱり元の家よりは小さいな」
「え・・・? ええ・・・っと、う、うん」
「テュールもつれてこようかと思ったんだけど、やめといて正解だった」
「そう・・ね。ちょっと、テュールじゃ、入れないわね」

 話してるうちにだんだん落ち着いてきた。
 シオンは私の様子が変だったことには、全然気づかなかったみたい。
 良かった、と思う反面、ちょっとくらい気づいてよ! と思ったりもする。
 でも、シオンって、見るからに鈍感そうよね・・・。

「おい、こぼれてるぜ」
「へ? あぁ!」

 考え事をしていたせいで、ティーカップへの意識がすっかりお留守になっていた。 ティーポットからのお茶は、すでにカップの縁から遠慮なく溢れ出している。

「やだ、ゴメン、すぐ煎れ直すから・・・!」

あわててテーブルを拭いていたら、

「あ、あぶねえ、そっちのひっくり返すぞ」
「うわっ、ホント! ってシオン、なに笑ってんのよ!」
「いや、富豪の家なんて、ちょっと敷居が高いなぁなんて思ってきたけど、 やっぱりフォクシーはフォクシーだな」
「な・・・・何よ! お茶ぐらい私だって、ちゃんと煎れられるんだから!」

 後はもう、喧喧囂囂。(と言っても、喧しかったのは、多分私だけなんだけど)
 お茶の準備がまともに整って、ふと気がついてみれば、すっかりいつもの調子。 一緒に戦っていた頃のシオンだったし、私だった。

 『戦士』だとか『仲間』だとか、そんなのは全然関係なかった。
 あれこれ悩んでいたのが、今になってみればものすごくバカなことだったように思える。
 私は『私』として、シオンに会えばいい。
 たったそれだけのことだったんだから。

「なんだ? 妙に機嫌がいいけど、何かあったのか?」

 突然の問いかけに、思わずドキッとする。変なところで勘がいいのね。

「べ・・別に何もないわよ。そんなことより、何の用だったの?  まさか、私に会いにきたってことでもないでしょ?」
「いや、フォクシーに会いに来ただけだぜ?」
「・・・・・え?」

 心臓の音が、ものすごく大きく鳴った。

「それって・・・・どういう・・・」

 どんどん加速する拍動を、必死になって落ち着かせようとする。
 急に色濃くなっていく期待と、安易に期待しちゃダメだという心の声。

「あれから、まだちゃんとお礼を言ってなかったからな。 あの時は、付き合ってくれてホントに助かったぜ。 ありがとな」

 心臓が止まりそうなくらい、やさしい言葉とやさしい笑顔。
 何でシオンは、こんな言葉を、平気な顔して私に言えるのかしら?
 どうしよう、顔から火が出そう。でも、何故だかシオンから視線を外せない。

「なんだよ?」
「び・・・・びっくりするじゃない! 急にそんなこと言われたら!」
「なんでだよ? 世話になったんだから礼を言うのは当然だろ?」
「・・・・・あ・・・・あのさ・・・・それだけ?」
「ああ、そうだけど?」

 心の中で、赤い色が急にしぼんでいく。その代わりに、また別の赤が一気に脹らんだ。

「鈍感!」

 気がつくと私のロウキックが、テーブルの下で思いっきりシオンの脛に炸裂していた。




 二度目の喧喧囂囂のあと、シオンは定期船の時間があるから、と席を立った。

「名残惜しいけど、あの不定期船じゃ仕方ないわね」
「別に一生会えないってわけじゃねえのに、名残惜しいは大げさだろ?」
「だって、こんなに楽しかったの久しぶりだもの」
「そうなのか?」
「そ、最近ひまでしょうがないの。いいわね、シオンは忙しくって」
「それなら城へ遊びに来いよ。フォクシーならきっと、見習い達のいい先生になれるぜ」
「・・・・・・・・・そうね。考えておくわ」

 ここに至っても、相変わらずの鈍感さ。
 だけど、よく思ってみれば、それが『シオン』なんだものね。
 せめて、持ち上げて落としたりしなければ、いいんだけど。
 でも、シオンがすごくやさしい笑顔で私を見てくれたから、許すわ。


 それじゃぁ、と片手を上げて、シオンが別れの挨拶をする。私もそれに応えて手を振った。
 もう周りは薄暗くなっている。うっすらと残った日の光が、 シオンの着ている白い上着を夕闇の中に浮かび上がらせていた。



 ・・・追いかけようかな・・・?
 ・・・そのまま、お城まで一緒に行ってしまおうかな?

 ねぇ、シオン・・・。



 白い背中に誘われて、思わず足を踏み出しそうになったとき、

「あ、そうだ」
「・・・・・・・・・・・・!!」

 何かを思い出したシオンが、くるりと振り返った。
 思わず飛び上がるほどに驚いたけれど、シオンはそれに気づくことすらせずに言った。

「さっき言ってた『鈍感』って、何だったんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「? どうした?」

「こンの、超鈍感!!!」


 この日二発目の右足が、まっすぐにその脛へ飛んでいったことは、言うまでもなかった・・・。。



− END −



*作者コメント*

 お約束なオチですみません。しかも、ギャグなのかシリアスなのか分からない中途半端さ・・(汗)
 女の子らしいフォクシーを目指してみたんですが、それもかなり失敗気味です。
 でも、一人のときは乙女チックに悩んでいても、シオンに会ったら、 ついつい地金が出てしまうフォクシーって、かなり好きです。 多分一人になったら、「あぁ、私ったらついまた・・・」って悩んでるんでしょうねぇ。
 で、シオンの方は、定期船の上で脛の青あざ見ながら、 「うん、フォクシーのやつ、また腕を上げたな」(実際に上がったのは脚ですが・・・) 何て色気のないことを考えてたり(笑)


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(C)クリューヌの城/劉 米紫