月より戻りて・・・


 オリアブの宿屋の一室・・・・。

 他愛もない夢を見ていたような気がする・・・・。
 ふと目を開いて、レギンは自分がうたた寝していたことに気がついた。顔を上げると、フォクシーがジト目でこっちを見ている。
「お・・おはよ・・う・・」
 その場の気まずさに、レギンがおそるおそるそう言ったとたん、フォクシーの黄金の右手がうなる。

    バキムッ!

 見事に決まった”はりたおし”。

 レギンは声もなく、その場に昏倒した。
「なにが”おはよう”よ! あんた、シオン達が心配じゃないわけ?!」
 うつ伏せで白目をむくレギンの前に、仁王立ちなって怒鳴りつける。当然だが、遙かに続くお花畑が見えているレギンには聞こえていない。
「ま・・まぁ、フォクシー殿、落ち着いて・・・」
 テュールが、ものすごい音にびっくりして止めに入る。生真面目な彼でなくても、この状況では、止めに入らない訳にはいかない。我が身は可愛いが、人命にはかえられないのだ。
「落ち着いてるわよ!!」
 叩き付けるように言うと、荒々しい足音を残して、フォクシーは部屋を出ていった。
「あ・・・危ないところでござった・・・」
 詰めていた息を肩から解放し、どっと溢れる冷や汗を拭ったテュールは、レギンに向き直ると、「レフ」ではなく「アニムス」をかけた。 ぽめぽめ(←!?)

 確かに、自分たちを残して4人の仲間が月で戦っているだろう時に、のんびり船をこいでいたのは、不謹慎だったかも知れない。が、フォクシーの怒りは、明らかに、それを原因としてはいなかった。

 分かり易く言えば、”八つ当たり”。

 シオンを想う彼女の気持ちを考えれば、その苛立ちも分からないではなかった。しかし、それによって自分が危機にさらされるとなれば、話は別である。
(シオン殿・・・、どうか無事に帰ってきてくだされ)
 自らの安否がかかっているテュールの祈りは切実だった。

 不意に扉が開く。
「テュール!!」
 飛び込んできたフォクシーに、テュールは思わず死を覚悟する。
 が、その心配に反して、フォクシーは上機嫌だった。
「方舟よ! シオンが帰ってきたわ!」
「おお! 戻られましたか!」
 テュールは、24時間にわたる針のムシロからようやく解放されたことを知り、晴れやかに微笑んだ。

 だが、その歓喜は束の間のものでしかなかったことを、テュールはすぐに思い知ることになる・・・・・。

 

 大勢の仲間が見守る中、方舟はその勇姿を朝日に照らされながら、ゆっくりと着陸した。
 間もなく4人は、タラップに姿を現すだろう。そう、何事もなかったような、元気な姿で・・・。

 我知らず、全員が祈るような気持ちで、タラップを見守る。
 さらり、と漆黒のマントがこぼれた。
「・・・・サーレント・・・」
「サーレントの兄ちゃん!!」
 15日間、生死を共にしてきた仲間との再会を目の前にして、ソークは思わず、低いつぶやきを漏らした。ロロは、喜びを惜しみなく表に現し、方舟から姿を見せようとしているサーレントに向かって駆けだした。
 レギンは、まだ伸びている。
「やぁ、ロロ」
 絹のような長髪が一房、肩から流れる。いつもと変わらない、穏やかな笑顔。そして、両の腕に抱えられた幼児2人・・・・・・。

「幼児ぃいぃぃぃっ!!?」

 そう、幼児である。

 大地と同じ色をした、やわらかい髪を長くのばした女の子と、琥珀と見紛うような、濃い黄金の髪の見事な男の子。二人とも、サーレントの右腕と左腕の中で、気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
「サ・・・レント・・・・・・?」
 思わずぽかんと自分を見つめる友人に、サーレントはにこりと微笑んだ。
「ただいま、ソーク」
「”ただいま”じゃねぇっ!!」
 いきなり掴みかかって来たガーライルに、サーレントはきょとんとした目を向ける。
「お・・おま・・・お前ッ!! まさか、それ、リザちゃんと・・・っ!!」
「まぁ、いやね、ガーライルったら。いくら私が絶世の美女でも、サーレントはあなたと違って紳士だから、そんなことはしないわよ」

 ・・・・・したのか!? ガーライル!

「し・・し・・して・・・してねぇよっ!! あっ! ピピン!! お前信じてねぇだろ! ホントにしてねぇぞ! いいか! してねぇからなっ!!」
「ふふふ、私は”軽い運動のつもりだったんだけど”」
 邪気のない、楽しそうな声。

「うおおおおおッ! はずかしー!」

 絶叫と共に、ガーライルは地平線の彼方へ消えていった。
「リザねえちゃん。どこにいるんだい?」
「あたい達、無理矢理月から帰されたこと、別に怒っていないわよ」
 だんだん小さくなっていくガーライルのことは無視して、ピピンとマリーナが辺りをきょろきょろと見回す。先ほどからガーライルを翻弄している声は、間違いなくリザのものだ。
「私はここよ。ピピン、マリーナ」
 サーレントの右腕にいた女の子が、こちらを向いてにこにこしている。
「リ・・リザねえちゃん!? どうしたんだよ、その身体!?」
「あら? 長い人生だもの、こういうこともあるわよ」
 こともなげに言って、サーレントの腕から下りたリザは、にこにこと笑った。それを見ていたフォクシーが、はたと硬直する。
(リザがこうなってるってことは・・・・)
 フォクシーの様子に気がついたテュールに、彼女の気をそらす暇など無かった。全力でダッシュしたフォクシーは、サーレントの腕から、半ば奪い取るようにして、眠っている男の子を抱きかかえた。
 じっとその寝顔を見る。
「・・・・確かにシオンね・・・・」
(・・うっ・・まずい・・・・・・)<もういっぱ~い♪ らくがきすな!
 感情を押し殺したフォクシーの声に、テュールは蟻走感を覚えた。
(フォクシー殿がキレるまで、あと3秒・・2秒・・1・・)

「可愛い~

(・・・・・・・え?)
 予想だにしていなかったフォクシーの反応に、テュールは拍子抜ける。
 常に標準装備している、ご愛用のムチがうなると思ったのだが・・・・。目の前のフォクシーは上機嫌で、すやすやと眠っているシオンの頬をつついたりしている。
「きゃ~♪ ほっぺた、プにプに~(^o^)」
 すぐ近くで騒がれて、起きない方がおかしい。シオンが瞼をこすりながら、目を開いた。そのむずがるような動作に、幼児の姿が拍車をかけている。
 妙に可愛い。
「や~ん、可愛い~」
「んぁ? 何だぁ? ・・って、フォクシー! 何すんだよっ!!」
 起きるや否や、もはや手放しでシオンを愛でまくるフォクシーに頬ずりされて、抱えられたまま暴れる。しかし抗議の声は、女の子のように高い。

 ・・・変声期・前。

「うそぉっ♪ 声変わりする前のシオンって、こんな可愛い声だったのぉ」
「何、わけのわかんねえこと・・・・!? 何だ、これ!?」
 ようやく自分が置かれている状況に気付いたシオンが、素っ頓狂な声をあげる。その疑問符を、元の等身のままのサーレントが、にこやかに受け継いだ。
「シオンさん、あなたの今の身体は、約4歳程度まで逆戻りしているんですよ」
「サーレント! どういうことなんだよ? 何でお前は元のまんまなんだ?」
「どうやら、月からここまで来る間に眠った人だけが、小さくなってしまったようです。私はずっと起きていたんですよ」
「お前がそのまんまな理由は分かったけど・・・。そもそも何がどうなったら小さくなるんだよ」
「そうですね・・・。考えられることとしては・・・・、おそらく彼が原因でしょう」
 言いながら、サーレントは背後を指さした。
 そこには、シオンやリザと同じくらいの、亜麻色の髪をした男の子がいる。
 男の子は、サーレントを見るなり激昂した。
「おい! サーレント!! お前、何でシオンとリザちゃんは連れていって、俺だけ置いて行くんだよ!!」

「デュー・・・ン?」

 小さい身体でここまで出てくるのに、相当苦労したのだろう。肩で息をしている。
「彼が、迂闊にも”ミトラの知識”を受け取ったのがいけなかったんでしょうね」
 サーレントは、デューンを完全に無視して、にっこりと微笑み、周囲を見回す。
「おそらく彼が、眠っている間に知識の一部を発動させ、ちょうど眠っていたシオンさんとリザさんにも、その影響がでてしまったんでしょう」
「ちょっと待って」
 得体の知れない”知識”とやらが原因だと聞いて、フォクシーはとたんに不安になる。
「それって、命に別状はないんでしょうね?」
「おそらく大丈夫でしょう。ミトラの知識は、この星の生命を進化させるように、作用するものですから。ただ、2人が元の姿に戻れるかどうかは・・・・」
「おい! ちょっと待て!」
 デューンが噛み付くような声をあげる。
「2人てのは誰と誰だ!?」
「え? 聞かなくても分かってるでしょう? あなた以外ですよ。デューン
 にっこり笑って、サーレントはさらりと言い流す。
「てめぇ! サーレントッ!! 好き勝手言いやがって・・・・て、どゥわぁっ!」
 サーレントに詰め寄ろうとしたデューンの鼻先を、何かがうなりをあげながら音速でかすめる。

 ”あいのムチ”

「シオンが小さいっていうのは、可愛いから良いけど、元に戻らないっていうのは許せないわね」
 顔は笑顔だが、声にはドスが利いている。

 デューン最大のピ~ンチ!!

「おい! 待てよっ! 話せば分かる、うん! きっと分かる!」
「聞く耳、持た~ん!!」
 ぶんぶんうなるムチを、辛うじて紙一重でよけながら、デューンは弁解の機会を作ろうと必死で訴える。が、それは儚い望みでしかなかった。
 いつもなら止めに入るテュールが、真っ先に背を向ける。付き合いが長いからこそ、分かるのだ。

 ・・・骨は、ちゃんと拾います・・・・。

 ・・・さようなら、デューン・・・・。


「なぁ、サーレント・・・」
 腫れ上がった右のほっぺたを庇うような姿勢で、頬杖をつきながら、レギンは窓の外に繰り広げられている、阿鼻叫喚の地獄絵図をぼんやりと見ていた。
「え? 何だい?」
 先ほど・・・そう、テュールよりもはやくこの部屋に移動していたサーレントは、にこやかに振り返った。
「何があったんだ?」
 サーレントは、清流のせせらぎもかくや、という爽やかさで、鈴をころがすように笑った。
「取り立てて凄いことは起きていないよ。そうだね、私の実験がうまく行っただけってくらいかな」
「ふーん、そっかぁ」
 サーレントの微笑みにつられて、レギンもほにゃ~と笑う。


 本来なら来るはずの無かった無量暦4000年。
 暖かい日差しがさす中、その暦はゆっくりと刻まれはじめて・・・・・・・。

「サーレント、今、お前、なんて言った!?」


HAPPY END

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