パートナー ということ
 『この人とは、何となく馬が合うなぁ、波長が合うなぁ』と感じる人があなたの周りに何人いるだろうか?
 
 この10年、表方、裏方含め、色んな方と一緒に、番組をやってきた。もちろん、波長の合う『大切な人』も何人かいるのだが、逆も然りで、どうも合わない人も結構多い。自分で言うのもなんだが、私は随分癖のある人間らしく、仕事上で"馬の合う"、ピタッと『はまる人』になかなか出遭えないのだ。
 仕事上の付き合いは多くの時間を共に過ごし、会話も多いので、そこに苦しさを感じると、仕事が円滑に進まなくなってしまうという経験もした。

 そんな中、この人はとても波長が合うと感じる一人が過日結婚をした。
 私には真似のできない豊かな才能を持ち、頭が切れ、人付き合いの綺麗な、『この人は凄い』と、とても尊敬している女性だ。
 結婚式の中で「二人は価値観が一緒で・・・」と紹介された。なるほど、確かに、よくお似合いのカップル。


 結婚相手に「価値観や性格の一致」を求める人も多いですよね。挨拶などでもよく聞く言葉です。
 でも、結婚式などでこの言葉を聞くたびに、私はいつも「それってありえるのかな?」と思うのです。
 つまり、この世に、自分以外に価値観がピッタリ合う人間はいないと思うのです。どんなに気の合う二人でも、多かれ少なかれ、やっぱり微妙なところは異なるもの。(ん、待て。曲解されると困るぞ。いやいや、この結婚した二人がそう言ってたとかでは決してありませんよ。それは私は知らないことです。あくまでも一般論ですぞ。念のため。)

 例えば――
 1時間自由な時間が合った時、どう過ごすか。
 1万円、好きにつかっていい金があった時、どうつかうか。
 さらに、同じ映画やTV番組で同じように泣けるか。感動できるか。笑えるか
 同じニュースや出来事で怒ったり、悲しんだりできるか。
 同じ料理で美味しいと感じるか?

 「時間」と「金」の使い方。喜怒哀楽などの感覚。性癖。
 突き詰めて考えていくと、価値観は性格や育った環境が違うのだから、当然、異なるのが当たり前なのです。
 で、その『ギャップ』をコミュニケーションや会話で埋めたり、譲り合ったり。逆に、お互いが同じようなことで笑えたこと、感動できたことの発見が「楽しい」し「幸せ」なのだ、と思うのです。

 始終一緒に過ごす夫婦の場合、限りなく価値観が近い人と過ごしたほうがいいのでしょうけど、どうせ、完全に合致することはないのだから、最初から、二人の間にある『価値観のギャップ』を認めることができて、かつ『容易に埋めることができる』人と一緒になったほうがいいと思うのですね。無理に価値観の一致する人を血眼になって探す必要など端からないと思うのです。
 むしろ、『価値観の一致』にこだわるより、『相手とのズレ具合』で判断した方がいいのではないかと思うのですね。
 ま、夫婦関係の場合、終始一緒にいる関係なのだから、ギャップは小さいにこしたことはないと個人的には思いますが。

 ただ、ビジネスや、特にクリエイティブな仕事でのパートナーは、どちらかというとギャップがあった方がいいような気がするです。
 自分の発想が煮詰まった時、もう一人の発想との融合が重要だから。
 パートナーと価値観が似通っていると、どうしても同じような発想になるし、同じように煮詰まって袋小路に入りこんでしまう危険性があります。
 ただ、付け加えたいのは、この場合にも、このギャップをお互いに認めて、それなりに埋めることができる人間関係であることが前提であることは言うまでもありません。
 水と油の関係では仕事になりませんから。

 うーん。今日は、何だか変な話になりました。ごめんなさい。
 最後に重ね重ね、これは一般論ですからね。タイミングの悪い話をして申し訳ない。