お土産 ということ
 お土産って変な風習ですよね。
私は基本的にお土産を買うのは嫌いなのです。いちいち選ぶのが面倒だし、そんな時間があるなら、面白そうなとこをあちこち回ったほうがよいというのが大きな理由。
 それと、お土産って、その昔、簡単に旅が出来なかった時代に、無尽などの共同積みたて資金を利用して出掛けてた頃の名残でしょ?
 つまり、残った人たちに、行った先の名産品だとか、ご利益のあるお札だとかを買って帰って、雰囲気だとか、ご利益を分けましょう・共有しましょうってことですよね。今は、物流や交通が昔と大きく違います。長崎のカステラはどこででも手に入るし、東京のものは地方でも手に入る時代。海外旅行も昔ほどの大変さはありません。
 ですから、そんな意味合いでのお土産はなくしていいと思うのですね。

 ただ、最近は、逆に広く物流させずに物を売るという商法もある訳です。
 「地域限定商品」というものですね。
 情報は全国的にすぐ行き渡る時代。”「珍しい」「良いもの」がその地域に売っている”という情報は広く行き渡るが、販売しているのはその地域だけという商売の展開です。
 これは、私もわざわざ買ってしまいます。地域限定ビールだとか。重いのに…。

 『地方が生き残るキーワード』は、ここにあるんじゃないかと、思うのです。
 魅力的な商品は、逆に、全国的な物流の販売網に乗せずに、そこでしか、買えない様にする。
『そこに足を運ばせる』魅力づくりの一つとして、そんな戦略があってもいいかな、と(単純に)思います。

 話が反れました。お土産の話です。
 実は、お土産が嫌という背景には、小学校の修学旅行での、大失敗があるのです。
 旅行前、親戚らから「沢山の餞別」を貰いました。責任感の強かった私は、学校から指定された「小遣い金額」を守り、超えることなく持参しました。
 で、その少ない金額の中で、餞別分のお土産をなんとかやりくりし、買って帰りました。
 でも、ウチに帰って思ったのです。
 『自分の"思い出の品"は買ってない!』『自分の買い物をしていない』悲しくて帰ってから泣きました。餞別のお返しを買いに修学旅行に行ったようなもんだと感じたのですね。

 あの切なさが、未だに忘れられません。同時に、それ以降、私は基本的に土産物は買わないと心に誓ったのでした。

 しかし、娘の喜ぶ顔見たさに、熊本のお土産にと、何故か、「カレーパンマンの人形」を買ってしまった、私ってなんなんでしょう。(自分でもよくワカラナイ)