つまり、「読み原(稿)」は、現在、活字で書かれています。
それまでは「手書き」でした。デスクも、消しゴムを片手に、「書き直したり」「朱が入ったり」という作業をしていたのでした。
これが実に、記者毎に個性的な字を書きます。
活字のようにハッキリした字を書く人やら、草書体のような「つながった文字」、「癖のある字」を書く人など、ホント様々でした。
アナウンサーとしては、どの原稿も同じく読めなければなりませんから、新人がニュース原稿を読めるようになるということは、まず「自社の記者の筆跡に馴れる」というトレーニングが必要でした。ひらがなにルビをふって読むなんて経験もあります。
入社してしばらくして、『とても癖のある文字を書くベテラン記者』の原稿をなんとか読み解けるようになった時、その方は平気な顔をしてこう言いました。
「おー林田もようやくオレの字を読めるようになったかぁ。」
その方の中では、『俺の字が読めれば、アナウンサーとして一人前だ』という感覚だったのでしょう。
手書きのニュース原稿の頃は、手にした瞬間に、誰の書いた原稿かはっきりと分かりました。
そう言う意味では「筆圧」も含めて、確かに記者の『個性』や『熱意』は伝わりやすかったのかもしれません。
それも今は昔。オール活字の原稿になって「誤読」が減ったのは確かでしょう。記者毎の文字や癖に馴れ、『文字を読み解く作業』は必要なくなったのですから。そのメリットは大きいのです。
ただ、最近感じる『別の問題』があるのです。
ワープロを使った場合、原稿が必要以上に「漢字に変換されている」のです。
手書きであれば、自分の知らない・書けない漢字を記すことはありませんが、ワープロだと「自分が普段書かないような」漢字をそこに平気で記してしまうのですね。
例えば、「し尿処理」を「屎尿」だとか…。「にわとり」を「鶏」だとか。これじゃ「とり」と読むのか「にわとり」と読むのか分からないでしょ?
その他、同じような例では「故郷」。キチンと読むなら「こきょう」ですよ。でもね、記者は「ふるさと」と情緒的に読ませたかったりする場合があるんですね。つまり、ワープロは「当て字」もちゃんと変換してしまうのです。
ま、ルビをふってくれれば何の問題もないんですが、不思議なもんで、活字のままだと「そう読める」と思うものなのか、「ルビを振るのが面倒くさいのか」。手書き原稿に比べて極端にルビが減ってしまっているのです。
読みやすいのに読みにくい原稿。不思議な状況ですが、これはワープロ原稿の困った弊害なのです。
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