2000年4月21日
先日、約20年ぶりにふるさとを訪ねた。
と、いっても私は長崎生まれで、長崎育ち。居住地を長崎市内以外にした事はこの33年間ない。
私は3回、引越ししたものの、いずれも長崎市内をあちこち回っているだけで、他の町に住んだ事はありません。
ですから、『ふるさと』は『遠きにあり』ではないのです。実に『近い』のです。
行こうと思えばいつでも行ける場所、そう思うと逆に、『今、わざわざ行かなくても』と足を運ぶ事はありませんでした。
で、20年です。
長崎は坂の街です。
車で行けない場所があちこちにあります。
山肌に身を寄せ合うように住家が建ち並び、その間を幅1メートルにも満たない狭い路地が這い巡っている、『ブドウ』のなかのような町。
私が子供頃遊びまわっていたのも、そんな場所、長崎市坂本です。
不思議な体験でした。
入り組んだ細い道。
暗くなるまで『コオロギ採り』をした畑は宅地へ。探検に行った山への登り口もどこにあったのか思い出せません。
なんとなく、こっちに行けば『あれ』がありそうな気がする。そんなあやふやな記憶を頼りに1時間ほど歩き回ると、見覚えのある家と出くわします。
でも、『確かに僕はこの家で遊んだ!だけど、だけど、誰の家だっけ。』
どうしても思い出せないのです。遊んだ記憶はあるのに誰と遊んでたのかわからない。
そして、突然、ある光景に出遭いました。
《細い急な坂道、右手に藪、左手に小川。坂の上には1軒の家がある光景。》
そこは私の夢の中によくでてくる坂道のある光景でした。
でも、そこがどこなのかわかりませんでした。それが今、パッと目の前に現われた。
”ここだったのか!”ちょっぴり興奮しながら、夢の中の光景と一つ一つ照合しました。変わっていません。20年前と同じ。
ただ、違っていた事が、一つありました。坂の上の家が空家になってしまっていたことです。
今、長崎市内では車のつかない坂の上の宅地は敬遠されています。
車が使える郊外に家を求める人が殆どで、バス停から坂を15分近くも登るところなんて、若い人も含め住みたがりません。
町の中の過疎地域となっているのです。
この家も恐らく買い手がつかないままなのでしょう。20年前で時が止まったかのようでした。
私のふるさとは町の中の過疎地域として手が入らず、20年前の記憶のまま残っている。それで、私はこの風景に出遭うことができた。
だけど、そう思うと、ちょっぴり複雑な気持ちになりました。