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その1
フレーベル少年合唱団 渡辺月彡子
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前号でしばらくの間駄文の掲載をお願いした。フレーベルでの私の年月がそれなりの長さとなり、この辺で過去を整理しておくことも必要かと感じたからである。私のこの勝手な申し出にもかかわらず、幹事会からは快い返事を頂いた。そこで今回から私の心にある決して消えない出来事を、順を追って思い出してみたい、その出来事を共有した諸氏にとっても消えない思い出として残っていることを願いながら……。 |
私の入社は昭和49年(1974年)の11月、創立15周年記念演奏会が成功裡に終わったという直後でしかもその記念演奏会成功故に翌年の催し物がすでに決まっているという、私にとってはありがたくない時期のことだった。「来年は今年以上の成功を…」という周囲の意気込みが、無言のプレッシャーとなってかぶさってきた(…と、私は感じていた)船出となったからである。
催し物は15周年に続いてオペレッタ。時間は瞬く間に過ぎた。そして5月、オペレッタ「こなやとロバ」の音取りは順調に進みいよいよキャスティングとなる。主役の粉屋には山本健二先生、その息子に伊倉秀樹氏(当時小学校2年)、準主役=ロバ公に細井洋一氏・上野明氏という芸達者の配役が、ここまではスムーズに決まった。が、少年だけのメンバーから、「洗濯女」という役柄を、しかも10数人選ばなければならない段階で私ははたと戸惑った。男の子から女役? しかも下卑て猥雑な洗濯女の設定とあっては…。私は悩んだ。
結局、まずは希望者があるかどうかを募ってみよう、一人でもいればモッケの幸い、当然誰もいないだろうからその時には勿論強制執行と覚悟を決め、直接子供たちに問うてみることにしたのである、まさかこれが、女の私にはその後永遠に解けない少年の心の謎になろうとは予想だにせず…。
何と! 洗濯女には希望者が殺到した。心配は全く私だけの杞憂に終わったのである。
結果は10数人のキャスティングに下級生から上級生までが「我も我も…」、トウトウ競争率数倍という難関にまでなってしまった。やむなく下級生を宥めすかし、土屋正樹氏(当時中2)、飯村厚氏(同)を中心とした最上級生にこの栄えある「洗濯女」役は廻った。
本番はすばらしい女性たちの出現で、勿論大成功に終わった。
が、私には20数年経った今もあの少年たちの心が掴めない、世に言う変身願望かととらえているが本当のことは分からない。分かっているのは20年後の現団員に同じ設定をしても、やっぱり洗濯女には希望者が殺到するのではないかという恐怖…。「28センチのハイヒールは日本では製造していません」という店員の冷たい声は、未だに耳にある、あの遠藤泰樹少年の名セリフ・「ホントにおかわいそうにネエー」とともに……。
斜線部解説
泰樹少年は当時小学2年。あどけない顔をした本当にかわいい少年でした。
そのあまりの可愛さにかの磯部先生さえもエコ贔屓…、泰樹少年のために台本外のセリフを創ってしまったのです。
流されるロバ、途方にくれる粉屋の親子、その両方に向かって少年は云います「ホントにおかわいそうにネエー…」。
詳しくはイソップ物語『粉屋とロバ』の再読を。少年の日に帰れますよ!
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(1999.4.30)
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