| 演奏会 その5 「変 化」 |
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フレーベル少年合唱団 渡辺月彡子
| 変化・その1 |
「…今夜はどんなキャンディが回ってくるか楽しみ」と、私の好きな作家須賀敦子さんが書いたのはミラノ・スカラ座でのことだったか。桟敷を買い取って初日から楽までを通うこの貴婦人は、その見事なファッションのどこかにキャンディを忍ばせ、休憩時間にそっと回して寄こすのだそうな。
昨年の定演で私は最前列で飲食しペットボトルを弄び始めた子供たちの振舞いに些かあきれ、次の場面が指導者のソロステージだったこともあって、該当する数人の子供たちを会場から連れ出してもらった、これがそのあと、飛んだ展開になるとは予想だにせず。
まずは演奏会終了直後。1人のお母さんが楽屋に飛び込んで、声を震わせ私に抗議した。「絶対うちの子ではない…。」翌日には朝1番に会社へTEL。「うちの子もうるさかったけれど、もっとうるさい子が沢山いた。」(こちらは匿名。)そして後日知ったことだが、進行係のOB氏にも激しい抗議があったとのこと。
不思議なことに皆さん一様におっしゃった、「うちの子ではない」。因みに舞台袖の暗がりから見る子供の顔は、実はどこの子か私には分らない。ただ最前列の、演奏者の目に入る位置でうるささが続いたから退出してもらっただけ。 ここ数年当団演奏会の客席マナーが低下したと、お客様から注意を受けることが多くなった。社内でも話題になり、その都度私は弁明する、曰く「幼稚園の団員が増えたので…」曰く「電車でも食べる時代ですから…」
年々ひどくなる一方のマナーだが、どんな対策が効果的かフレーベル館も私も未だ時代の変化に対応しきれていない。ましてや「大人だって食べてたよ」との子供たちの声に、私の心は沈む。
演奏会場での飲食を、暗黙の内に慎んでいた時代、物音を立てないようプログラムさえも曲間にしか開かなかった礼儀はどこに消えたのか。休憩時間にそっと回ってくるキャンディと、お菓子・ペットボトル持参の演奏会とでは大きな落差があること、そしてその落差が実は人の資質に関わることと、私は思うのだが。
| 変化・その2 |
本を読む時、ふと思い出す光景がある。その昔千代田区神田小川町にあったF館5階ホールでのこと...。
ある日の練習後、私は1冊の文庫本を見つけた。ヘルマン・ヘッセの名作「車輪の下」だった。誰か中学生が忘れたのだろう。翌週中学生に聞いてみたが誰も名乗らない。と、「僕のです」。当時まだ小学校3年の、少年の声がした。
私は内心非常に驚いた。簡略化した少年少女用ではなく、一般読者向けの文庫本をたかだか9歳のこの少年が読んでいたのだから。
その頃既に子供の活字離れが問題視されていたが、少年はいつも本を読んでいた、5階ホールの壁に寄りかかって、演奏会が始まる控室の片隅で、そして常に寡黙。「山が好き」と言っていた少年は、高い山を持つ県の大学生になり、時々山の姿のままで現れた。
そのリュックに今度はどんな本が入っていたか私は知らない。が、必ず数冊の本が入っていることを私は知っている。
先日、当社が出版社故に妙な統計を聞いた。子供たちの読書量をごく単純に評価すると、多い順に、「1.乳幼児期 2.小学校低学年 3.同中学年、以後は皆無に等しい」のだそうだ。
統計の細かい論点は省くが、子供たちの生活の多様性を鋭く物語っていて、私には非常に興味深かった。
本を読むことと読まないことのどちらがいいのかは、本当には分らない。本を読まなくても代る何かで人は勉強し楽しみ満足しているのだから。そして子供たちには、本を読むことより先にやらなければならないこと・楽しいこと・満足することが沢山出来たのだから。
ただ残念なことは、本を読まない子供たちが選んだ「何か」が、どうもまだ子供たちに本以上の良い結果を生んでいないこと。
本場慣れした子供たちが選んだモノはテレビゲームを筆頭に、今や小学生もケイタイで遊ぶ。
勿論私はこれらを全面否定するのではない。ただ残念なことに、心を中心にして見るとテレビゲームやケイタイが登場した時期と、子供たちが変り始めた時期が妙に一致するのだ。
何が一致するか…、それは幼さ・幼児性。つまり思考力が低下している、HOW TO ではない年齢に応じて備わってきて欲しい思考力が。
「人をいじめてはいけない・物を盗ってはいけない…。」こんな人としての初歩すら、子供たちは考えなくなってしまった。そして、個人と集団の違いが薄くなり、集団の中で個を主張する子供(あるいは親)が圧倒的に増えた。
本でなくていい、子供たちが好むテレビゲームから、新しい子供像が形成されて、それが深く考え行動に移され、少なくとも基本的な思考力を培ってくれるものであれば、私もテレビゲームを歓迎する。が今はまだ、テレビゲームはその域に達していない。そこで賢明なるOB諸氏にたっての願い。
子供たちが夢中になるテレビゲームやケイタイから、早くすばらしい子供たちを創り出して欲しい、「いじめは悪い・人の物を盗ってはいけない…」の基本を知った子供たちを。 80名という当団の子供たちも、変化した。本当に変化した。具体的な変化の様子は何れ話すとして、実はこの変化、大人がもたらしていることを大人の私たちはもっと強く自覚しなければならない。子供は実は大人が変えている。
子供が1人で変っているのではない。
本を読む時、ふとI少年を思い出す。今回はそこから今の子供たちの変化を、たぶん随分短絡的に書いてしまった。不足は各位の思考力で補って頂きたく。また、新年早々辛口になったことをお詫びし、次号は明るい文章を...。
なおI少年とは、稲富氏(19期)のこと。今も信州松本に在住と聞くが。(2001.1.20)