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タイトル: 秋津遺跡はヤマトタケの殯(もがり)の宮では
投稿者 : 古墳誰時
URL   : 未登録
登録時間: 2010/11/29-11:37
昨日2010年11月28日(日)、寒風がびゅーびゅー吹きすさぶ中、秋
津遺跡での発掘説明会に行ってまいりました。

現地は奈良盆地の一番南側、御所市の秋津小学校の東南東200mの一帯
で、京奈和自動車道建設前の事前発掘調査地です。

1年前に古墳時代中期の遺跡が出たということで発掘説明会がありました
が、今回は南側の狭い道路を挟んだ連接する広い地域です。



発掘説明会に行った成果:

・東西60m南北70mの長方形の柵(塀)で囲まれた遺跡で、大型建物4
軒、掘立柱建物5軒がある。

・年代は4世紀前半。

・東西・南北の軸は反時計回りに約20度傾いている。

・東西軸の西の先には水越峠(葛城山と金剛山の間の峠)がある。

・東西軸の東の先には、現在、満願寺や秋津鴻池病院がある方の山を向いて
いる。

・1ケ所だけ遺跡の塀の北辺には東向きの門がある。

・南北軸の南の先には大口峠(吉野、五條、紀伊熊野など南方面へ抜ける)
がある。



ヤマトタケの殯(もがり)の宮と考える根拠

・4世紀前半は景行天皇の時代である。

・東西軸の向きが日本列島の東西方向と合っていて、東西の遠征を思わせ
る。

・東の方向は、ヤマトタケの墓と考えられる掖上鑵子塚古墳とそこへ通じる
道がある。

・遺跡の造りがしっかりした大工事になっている。当時の要人。

・東側には国見山がある。

・琴弾原とされる白鳥陵が国見山の手前にある。




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