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◇-至と到:古墳誰時2008/8/16-22:50#385


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385至と到古墳誰時 2008/8/16-22:50

《解字》--- 学研 漢字源

会意兼形声。到は「至+音符刀」。至るは、矢が一線に届くさま。刀は、弓
なりにそったかたな。まっすぐ行き届くのを至といい、弓なりの曲折をへて
届くのを到という。





その説明によると、魏志倭人伝での到と至を以下のように理解できます。
【到】は、(1)狗邪韓国に行くときと、(2)伊都国に行くときに使われ
ています。


(1)従郡至倭循海岸水行歴韓国乍南乍東【到】其北岸狗邪韓国


区切ります。

従郡至倭、循海岸、水行歴韓国、乍南乍東、【到】其北岸狗邪韓国


訳します。

郡から倭に至るには、海岸に循って、水行で韓国を歴て、乍南乍東、其北岸
狗邪韓国に【到】る。


説明

韓国の西南部海岸を大きく弓なりのコースで狗邪韓国に行きます。【到】の
原義どおり。



(2)東南陸行五百里【到】伊都国

説明

末盧国(唐津市の呼子か唐津港か)から大きく弓なりのコースで伊都国(前
原)に行きます。【到】の原義どおり。



(3)なお至については、対馬国、一大国、末盧国、奴国、不弥国、投馬
国、邪馬台国に行く場合で、ほぼ直線コースです。

投馬国(吉備の玉野市か)については、水行で遠賀川の河口辺りから東へほ
ぼ一直線です。




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