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タイトル: 「倭国王帥升等」は「孝安天皇」
投稿者 : 古墳誰時<ety6kcu@m08.alpha-net.ne.jp>
URL   : http://www.alpha-net.ne.jp/users2/ety6kcu
登録時間: 2001/3/10-7:56

>安帝永初元年(107年)、倭國王帥升等、獻生口百六十人願請見 (後漢書倭伝)

 この「倭国王帥升等」は、「ヤマトクニオシヒト(第六代孝安天皇)」である。「倭国王帥升等」
は、種々の表記があるが、「升等」は「ヒト」で全体を表音表意混合文とみる。

 (紀)第六代孝安帝の即位は「太歳己丑(ほしつちのとうし)」であり、107年の前で最も近い89年
となる。

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感想:

 倭国王帥升等については、第六代孝安天皇で正しいと思っています。わたしはこの本をもとにし
て長年考えてきましたが、後漢書倭伝の安帝永初元年(107年)の記事は、孝安天皇と同一人で天皇
になるずっと以前の若い頃であったという結論になりました。大和で生まれた卑弥呼(倭迹迹日百
襲姫)ですが祖父は、若い頃は奴国の王で晩年は大和に移って第六代孝安天皇になったというもの
です。孝安天皇の即位時期については、2世紀中頃でないとどうしても古代史全体の年代が合いま
せん。


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今日に通用する青木史学の神髄-投稿者:古墳誰時 なし

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