☆6月の入院生活日記
明日
今日レントゲンを撮った。呼吸器の主治医がレントゲンを見たら98%広がってると教えてくれた。あとは胸部外科の先生にみてもらわないといけないと言っていた。主治医が出ていってから程なく胸部外科の先生が來てくれたので呼吸器の主治医の言ってたことを話すとすぐにレントゲンを確認しにいってくれた。ドキドキしながら待っていると、完璧だ〜と言いながら入室してきた。明日朝ドレーンのチューブをはさんで止めて夕方まで様子をみて問題がなかったらチューブを抜くからと言ってくれた。呼吸器の先生の98%と言う数字も信じられなかったけど胸部外科の先生の言葉もなかなか信じられなかった。夢を見ているのではないかとさえ思ってしまう。昨日から咳をこらえたり出ないようにしているので普通に咳をしたらまた空気が漏れるのではないかと一抹の不安が残る。とりあえず今回は手術しないで済みそうだがこれから先でまた気胸になったり病気が悪化して手術することがあると思うが今回の入院でいろいろ経験したり勉強になったので第二の闘病生活のはじまりだと心にいい聞かせて体に負担がかからないように気を付けながら日々を過ごそうと思う。
せっかく生き長らえた命を大事にしなくてはいけないなと肝に命じておこう。
▲ # by harue48 | 2006-06-01 21:36 | Trackback | Comments(0)
入院生活において最悪な一日
昨日は本当に最悪の一日となった。
朝、ドレーンのチューブを止めて夕方まで様子を見て4時にレントゲンを撮った。
問題ないということで早速チューブを抜く作業に入った。
9年前に他の病院でやったときは抜くときに息を止めて一気に抜いてそれで終わりだったので同じようなことをするのだろうと思っていたら全然違っていてびっくり。
チューブを入れたときに縫ってあったらしく、それらをきつく引っ張って穴をふさぐという段取りだったらしい。私は縫ってあることなど知らなかったので、先生がきつく絞るというのを聞いて何をどうするんだろうと不安になった。
息を止めてといわれて止めてと言われて止めている間にチューブは抜いたらしいのだが、それからが縫いこんであった糸で穴を絞ったらしく激痛が走った。
ものすごく痛くて何も言えない状態になった。先生に大丈夫かと聞かれても返事ができないぐらいだった。
なんとか作業が終わり先生や看護師さんたちが部屋から出て行くとき、まだ痛くでしんどかったのでそのまましばらく横になっていると言ったので、看護師さんもそのままの状態で出て行った。
しばらくして落ち着いてきたので起き上がろうと思ったら胸が痛くて動けない。ナースコールのボタンは寝ている方向と反対側にあり手が届かなかった。それでもなんとか手を伸ばしてボタンを押したら廊下にいた看護師さんが来てくれて体を抱えて起こしてくれた。
そのとき穴からしゅーしゅーという音が聞こえたのだが、私にはそれが何を意味するのかがわからなかったので誰にも言わず、5時にもう一度レントゲンを撮りに行くことになっていたので、車椅子で行った。
レントゲン写真をその場で看護師さんが受け取って病室に戻って一休みしていたら、先生たちが焦って病室にやってきた。
呼吸器の主治医と胸部外科の先生3人と看護士さんが数名入ってきたので狭い個室はいっぱいになってしまった。
レントゲンを見るとまた気胸になっていて左肺が縮んでいるのでまたドレーンをしなくてはいけないと説明された。先生たちも何故また気胸になったのかわからないと首をかしげていた。
私がさっき穴のところでシューシューと音がしたと言ったら、原因が穴がきちんと塞げていなかったことだとわかり、早速またチューブを入れる準備に入った。
3週間チューブを入れていたのでその辺りがかさぶたになり固くなっていたのと私がやせているので皮膚に弾力がなく完璧に穴を塞ぐことができなかったらしい。
次回も失敗しないようにかさぶたを完全に削って縫い付け方も絞ったら巾着のように閉められるような方法でやることにしたらしい。
でも当の本人である私はたった30分前にすごく痛い思いをしてチューブを抜いたばかりでその痛みもまだ消えてない状態で、今度は皮下麻酔の注射を打たれ同じ穴からまたチューブを入れられたらすごく痛いに決まっている。そこで入れたくないといっても仕方がないので言われる通りに痛みを我慢するしかなかった。
麻酔が思うように効かず途中で何回かまた皮下麻酔をしながら進めたのだが痛いものは痛い。
5時半過ぎに再びドレーンの取り付けが終わった。
呼吸の主治医もその様子をずっと見ていた。胸部外科の先生は申し訳ないの連発だった。
次回のために予防策が取れるのなら何故初めからそういう風なことをやっておいてくれなかったのだろうか。
私が痩せていることは十分わかっていたことだし、かさぶたが厚くなってきちんと絞れないかもしれないという懸念があるのなら初めから深く削っておいてくれれば良かったのだが、抜くときは麻酔をしないのでそれもできなかったことも理解できるが、短時間のうちに抜いてまた入れるという荒業を行わなければならない状態は異常ではないのか。
すべてが終わったころ母がいつものように病室にやってきた。ドレーンがまだあるのを見て怪訝そうな顔をしたので事情をざっと説明したが、痛みがひどく詳しいことは話せなかった。
すぐに麻酔が切れてきて激痛となってしまった。
縫った痛み、抜いたときの痛み、チューブが入っていたところの痛み、などなど色々なところの痛みが混在していて動くこともできないぐらい痛かった。
先生たちは3週間もチューブが入っていたので癒着療法を3回も行ったのでチューブまで一緒に癒着した形になっていて抜くことによって塞がった部分がまた破れることを恐れていたのだ。
幸い再びつけられたドレーンを見る限りでは空気の漏れはなく、そのあと病室でポータブルのレントゲンで撮影した写真を見ても左肺は正常に近い状態になったらしいので、とりあえず土日はそのまま様子を見て月曜日に再度、チューブを塞いで夕方またレントゲンを撮り問題なかったら抜くことになった。
私としては再びドレーンをすることになったとき、まだ2週間ぐらいつながれたままになるのかという嫌な思いと同時に、抜くときにまたあの激痛を味あわないといけないのかという思いが交錯した。
夕食もあまりの痛みで半分ぐらいしか食べれなかった。話せる状態ではなかったので母にも早々にお帰りいただいて、一人になってただただ呆然とドレーンの水位をずっと眺めていた。
しばらくして主人に連絡しておこうと思い、携帯にかけたが電源が入ってないということでつながらなかった。
一昨日の時点で多分チューブが抜けるであろうと予測していたので昨日はいつものように中心部の公民館での卓球の練習に出かけていたので、自宅に戻るのが10時過ぎるのでそのころ自宅に電話するしかないと諦めていたら、なんと9時半ごろ主人がユニホームのまま病室に現れたのだ。
やはり虫の知らせか、会社にいるときに午前中で電池が切れたので、連絡が取れないので練習が終わったら病院に来るつもりだったらしい。
ドレーンにつながれていて、真っ赤な排液を見て何がなんだかわからない主人であった。
事情を説明すると言いようのない顔をしていた。
夜は多分寝れないと思うし、朝も思うように動けないと思うので午前中に病院に来てもらうように頼んで遅かったのですぐに帰ってもらった。
さすがに昨夜は痛くてほとんど寝れなかったが、精神安定剤を飲んだ後2時間ぐらいは寝ていたようだ。夜中におなかが空いたのでエンシュアを飲んだ。こうなったら体力勝負なので食べるしかないのだ。3時過ぎからテレビはつけたままだったがうつらうつらしていたようで時々目覚めてテレビを見てはまたうとうとするという状態を繰り返し5時過ぎには起きた。
昨日は左肺全体が痛かったが、今朝はピンポイントで本当に痛いところがわかってきた感じになった。チューブを入れたところ、縫ったところ、胸壁にチューブがあたっている背中が主に痛い箇所だ。
痛み止めの座薬のボルタレンと内服の痛み止めのロキソニンを飲んでなんとかやり過ごしているが、あと明日一日でどこまで痛みが取れているだろうか。そして月曜日の夕方抜くときにどれだけ痛みに耐えられるだろうかと思うと逃げ出したくなる。
縫い方を変えようと、かさぶたをとって平らにしようと痛いものは痛いはず。早く抜いて欲しい反面痛みに対する恐怖があまりに強くてどうしようもない。▲ # by harue48 | 2006-06-03 15:35 | 入院生活 | Trackback | Comments(0)
近況報告
まだ体が癒えてなくてしんどいので要点だけ。
昨日夜10時過ぎにドレーンをはずした。
何故そんな時間になったのかというと胸部外科の先生たちの手術日だったのでそれがすごく長引いて9時半の消灯まで待ったが今日はもう無理だろうということで電灯を消して寝る体勢に入ったと思ったら廊下で先生たちの声が聞こえた。
長時間にわたる手術でかなりお疲れだったと思うのだが、私のために来てくださったことにすごく感謝した。
ドレーンを入れた先生ではなく今まで色々説明をしてくれていたベテランの先生が自らやってくださったのですごく安心だったし前回とやり方を変えたので少しだけ痛みが少なかったように感じた。
10時半過ぎに終わって、先生たちは帰っていかれたが、今朝8時過ぎには病棟に様子を見に来てくださった。睡眠時間はそれほどなかったと思うのだが。。。
私はチューブが抜けたということで胸膜からの痛みから解放され、本当に久々に5時間ぐらいまとまって寝れた。
看護師さんの巡回のときにもよく寝ていたそうだ。
今朝5時前に目が覚めて起きようと思ったら体が痛くて起き上がれなかったのでベッドの柵を起こしてそれにつかまってなんとか起き上がった。
まだ歩くのがやっとの状態で、3週間チューブが入っていたということで痛みもあり癒着の痛みと違和感がありまだ痛むので痛み止めの座薬と内服薬を使っている。
明日呼吸器の病棟に移ることになったらしい。私自身もドレーンが外れたので新しい環境でも対応できると思う。
ただ階が違うので移動がすべて荷物を持っていかないといけないので大変なようだ。ベッドごとというわけにはいかないようだ。
抜糸は1週間後になると思うが、その間に心臓のエコーなどの検査をする予定。
浮腫んでいた足も徐々に治りつつあるが、まだちょっと動いただけでも心臓がバクバクする。
色々なところに負担がかかっていたのがよくわかる。
今日午後からレントゲンを撮ったのでそれを見て最終判断となるが、多分大丈夫ではないかと思う。いまさらまたドレーンをつけると言われると泣き叫びそうだ。
長時間椅子に座れないのでとりあえず近況報告まで。。。▲ # by harue48 | 2006-06-06 16:21 | 入院生活 | Trackback | Comments(0)
またまた
パソコンがまた壊れてしまったので携帯から状況報告。
昨日午後二時に一階上の呼吸器病棟に移動した。本来の私が居るべき病棟なのだが循環器科に二ヶ月半もいたのでできることならそこから皆に見送られて退院したかった。
やはり病棟によってやり方や決まり事などが違い戸惑うことばかりだ。循環器の看護師さんたちはいつも明るい声で名前を言いながら入って来るのにここの看護師さんは笑顔が少ないことに少し戸惑った。部屋は今までで一番眺めが良くて満足しているのだがこれから一週間ぐらい過ごすことに不安が募る。突き当たりの部屋で他人が通ることが少ないことだけが救われる。やはり看護師長さんの指導や手腕が問われるものなのだろう。まあ慣れるしかない。それにしても私は基本的に夜寝るときは酸素は要らないのでカニュラをはずしているのだが昨夜は巡回に来た看護師さんがご丁寧に二回もカニュラをつけさせようとするので久々に良く寝ている私も目が覚めてしまうのだ。一回目に寝るときはしないと説明したのにまたしばらくしてやってきてつけようとしたのだ。それも看護師さんが二人揃って来て。すっかり目が覚めてしまったので時計を見たらまだ1時過ぎだった。しばらくテレビを見ていたがなんとか寝れたが5時には起きたので寝不足だ。今日は血液検査とレントゲンと心臓のエコーの検査をしたがまだ結果は聞いていない。そういえばここの病棟は採血を研修
医がやるらしい。女医さんだったがすごく下手だった。針を刺しただけなのにそこから出血したのにはびっくり。いい練習台にされている。まだ歩くのがやっとだが今朝はなんとかゴミ捨ても洗濯もできた。ナースステーションから一番遠い所にある部屋なので何をするにしてもかなり歩かないといけないのがちょっと困る。
▲ # by harue48 | 2006-06-08 16:30 | Trackback | Comments(0)
パソコン復活!
昨日7時半ごろ主人が病室に来てくれたのだが、目の前にある電気量販店にすぐに持って行ってくれたのでやれやれと安心していたら、主人からメールが来た。
9時ごろだったので家に帰ったというメールかと思ったら、9時半ごろに修理が終わるからあとで持って行くという内容だったので驚いた。
確かに前回も1時間ぐらいで初期化してくれたので早くできるとは思っていたが、土曜日に取りにいってくれたらちょうど良いなと思っていたので、まさかその日のうちに戻ってくるとは思ってなかった。
看護師さんには事情を説明しておいたので消灯時間を過ぎて暗くなった廊下を一番端っこにある私の病室まで持ってきてくれた。
パソコン本体がやられているのではなくてどうやら接続に携帯を使っていてそれに付随するソフトに原因があるらしい。
だから今日新たに立ち上げて色々インストールするときにそれらのソフトはインストールしなかった。一回の接続でどのぐらいのパケットが通信されたかがわかるソフトと携帯での接続を最適化するソフトなのだが、慣れてきたのでだいたいどのぐらい使えばいくらぐらいかかるかがわかってきたので無くても別に困らないので入れなかったのだ。
しかし初期化されたということはまた住所録を入力していかなくてはいけないのだ。。。
まあ、時間はたっぷりあるし今からぼちぼちやろうと思う。
でもウィンドウズのアップデートやセキュリティソフトのインストールなどはデータ量が多いので携帯の接続で行うととんでもない料金が発生するので、明日家に帰ってやることにした。
先生には午前中に許可をもらった。
胸部外科の先生に明日は土曜日だから消毒は無いですよねと確認したら9時から10時の間に来るからと言ってくれたのでそれが済んだら家に帰ることにした。
そして夕方5時前には戻る予定だ。
家のことはするつもりはまったくなくただパソコンをきちんと使えるようになるようにするためだけに帰宅する。
来週の水曜日に抜糸してみて翌日もう一回胸部外科の先生に診てもらってOKが出たら退院ということになった。果たしてそれまでにきれいに穴がふさがってくれていたらいいのだが、どうだろう。
今回の入院で自分の体がこんなにまでボロボロ状態だということを思い知らされたのでなかなか簡単には大丈夫だとは思えないのだ。
さっき呼吸器の先生にも言われたのだが、長生きしたかったら心臓に負担をかけないように酸素をすることが一番大事らしい。
今回は奇跡的に気胸もなんとか治って退院することができたが、またいずれ具合が悪くなって入院することがあるだろう。
せっかく先生方や看護師さんたちの力で第二の闘病生活を始めることができるようになったのだから、この命を大事にしなくてはいけない。
主人も今回の入院で骨身にしみたことだろう。今までよりも少しは手伝ってくれると思う。
私自身はもちろんなのだが、母も主人もこの2ヶ月半はあっという間だったと言っている。
長いと思うゆとりさえなくただひたすらそれぞれが日々を過ごすのが精一杯だった。
ドレーンを抜いて今は傷を癒している状態になり、やっと心も落ち着いてきた。
まだ咳をするのが怖い。また気胸になるのではないかとか心配になるし第一痛い。
癒着した部分やチューブが入っていたところの傷や左脇の胸膜に当たっていた部分の痛みが混ざりあった複雑な痛みが私を苦しめている。
でもチューブが入っていたときの痛みに比べれば三分の一ぐらいなのだから我慢できる。
もちろん痛み止めの座薬を朝晩使っているが、今日は少し痛みが強いので内服薬も飲んだ。
歩くこともリハビリになると思い、朝はごみ捨てと洗濯をするために、酸素をひっぱって長い廊下をゆっくり歩いて移動している。
まだどうしても左胸をかばった歩き方しかできないので両手に荷物を持って歩くのがしんどい。
明日家に帰るのにエレベーターまで歩いて駐車場までの長い距離を果たして歩けるのかどうかちょっと不安だが、来週中には多分退院できるのでぼちぼち社会復帰しなくてはいけないだろう。▲ # by harue48 | 2006-06-09 13:52 | 入院生活 | Trackback | Comments(0)
眠れない。。。
呼吸器病棟に移って5日目になるが、せっかくドレーンを抜いて寝れる状況になったというのに相変わらず睡眠不足が続いていて、いやいっそうひどくなって目の下の隈がひどい。
初日にはチューブの痛みで連日寝れなくてようやく痛みから少し解放されて熟睡していたのにカニュラをはずしている私を見て、看護師さんたちが大変だ〜とばかりにカニュラをつけようとするのでびっくりして目が覚めるというのを一晩に2回もやられて神経的に参ってしまった。それからも夜中の巡回の度に目が覚めている。一日だけ巡回のときに目が覚めないときがあった。
その人には事情を説明してカニュラは寝るときにははずしているのでと言っておいたので起こされることはなかったのだ。
それにしても巡回が半端ではなく頻繁にあるようだ。これが循環器科にいたときと違うのだ。あの時はドレーンの痛みもあって夜中まとまって寝れなくてたいてい巡回のとき起きていて看護師さんと一言二言話すような状態ではあったが、確か0時前と夜勤から深夜勤の人に代わってから1時過ぎと3時過ぎだったような気がするのだが、この呼吸器は0時前と1時過ぎと3時過ぎと4時過ぎと今朝は5時半にトイレに入っているときにも来た。
安心してトイレにも入れない。
一応予定では水曜日に抜糸して木曜日にもう一度診てもらって退院ということになっているが、何が起こるかわからないので入院が伸びる可能性もあるので、こんな調子で巡回されていたらますます睡眠不足になる。
起きてからは食事をするともう横にはなれないのでずっと起きているので昼寝もめったにできないので睡眠不足がなかなか解消されないどころか、もっとひどくなっている。
痛みがあって寝れないのとは違って眠りたいのに起こされるのは拷問にも匹敵する。
その割には昼間は検温以外は病室にやってくることはほとんどない。気楽でいいのだが、今の私の状態だったら夜中に急変することもまずないと思うのに巡回が頻繁にあるのが不思議だ。
確かに一昨日は夜カロリー缶を飲んだときストローを使ったにもかかわらず、むせてしまって咳き込んでしまって左肺の中で空気の流れを感じて不安になったので看護師さんに胸の音を聞いてもらって一応大丈夫だといわれたが不安な一夜を過ごしたことはあった。
でも昨日なんて外出許可が出て自宅に戻ってパソコンのメンテナンスやちょっとだけ片付けたりしたので体は疲れているはずなのに熟睡できなくて巡回のたびに目が覚めてしまいますます目の下の隈がひどくなってしまった。
携帯のカメラで自分を写してみてびっくり。カマキリのように逆三角形に痩せこけて目の下に真っ黒な隈をつくった自分がいた。
今夜こそゆっくり眠りたい。
入院したときは24時間熱があって寝れない状態が1ヶ月半続きようやく微熱になり寝れるようになったと思ったら気胸になりドレーンを入れられ今度は痛みで寝れない状態が3週間続いた。
体力が落ちている私にできることは一生懸命食べることと寝て体力の回復をさせることなのにそれもままならず傷の治りが遅い。
本当に水曜日に抜糸したときに穴が完璧にふさがっているかどうか不安だ。病気の特徴上咳はどうしても日常茶飯事なので我慢しようとしてもせきこんでしまうからきちんと塞がってないとまたそこからもれて気胸になるのではないかという恐怖がある。
右肺に負担がかなりかかっていたので今度は右肺がなるのではないかという不安もある。
ボロボロ状態の私の肺はこれからいかに労わりながら暮らして行くかが大事なのだ。
今が入院して一番楽な状態なはずなのに不安感は払拭できない。
明日は月曜日。あと3日で抜糸。そして木曜日には家に帰れる。あくまでもこれは予定だが。。。
昨日家に帰ってみたら家の中がジャングルと化していた。主人も仕事しながら毎日ではないが私の病室に通いつつ洗濯したりごみだしをしたりで心のゆとりもなかったのだろう。かろうじて洗濯はしているが畳んでないので衣類が山のようにあちこちにあった。そして私が病室から持って帰ってと頼んだものが袋ごとおいてあるし、モノが散乱している。
まあ、ぼちぼち片付けることにしよう。とにかく自宅に戻れることだけでありがたいと感謝しなくてはいけないのだから。
ヘルパーさんに週の中でもう一日、1時間で良いから来てもらえないかどうか火曜日に病室に来てくれる時に聞いてみようと思う。
いつものように月曜日に来てもらうのは掃除するだけで精一杯なので他の用事が頼めないのだ。母が手伝いに来てくれると言っているが、私と同い年のヘルパーさんにやってもらったほうが時間的に早く済むし、母には入院している間毎日病院に通ってくれたのでかなり疲れていると思うのでなるべくなら当てにしたくないのだ。
もちろん主人の家事への協力は絶対必要だと思う。今回の長期の入院で洗濯や雑用を自分でやってみて改めて闘病中の私にはかなりの負担になっていたことを実感したようだ。
特に入院する前の一ヶ月は微熱が続いて体がとてもしんどかったときはさすがに家事が辛かった。
我が家はまだ冬仕様でコタツ布団も出てるし、ヒーターも出てるし、布団も出てるし、冬用のベッドパッドもそのまま置いてあるし、これらを片付け夏仕様にするには主人のヘルプが無ければできない。まあ、きっと手伝ってくれるだろう。
▲ # by harue48 | 2006-06-11 15:08 | 入院生活 | Trackback | Comments(0)
明日やっと。。。
明日念願の退院ができそうだ。
今日いつもの消毒の時間に抜糸してくれた。ドレーンを入れた先生が来て、実際には研修医の女性が抜糸したのだがもちろんそばでついてフォローをしてくれていた。
やる前に先生が冗談ぽく、だめだったら縫い直しかなと笑っていたので多分大丈夫なのだろうとは思っていた。
10日経っているのでかさぶたが出来ていてその下にある縫ってある糸を引っ張りだすときに痛かった。まあ、あれだけの痛みを経験したのだからたいていの痛みは我慢できる。
終わったあと先生に大丈夫ですかねえ?と聞いたら心配ならレントゲンを撮ってもらったら良いよと笑っていたのでまず間違いなく大丈夫なのだろう。
明日の朝もう一回診て貰ってそのあと退院ということになっている。
もし縫い直しになったとしても次の抜糸は外来でしてもらうつもりだったのでどちらにしても明日は退院するつもりだった。
二ヶ月と3週間という長い入院生活を過ごし色々な思いをした。この病気の恐ろしさをまざまざと見せ付けられたような気がする。今回は運よく気胸も癒着療法で治り退院することが出来たが、次回また気胸になったときは手術も覚悟しなくてはいけないだろう。
母も主人も私自身もこの2ヶ月と3週間を長いと思う心の余裕はなく、みんなそれぞれが毎日を必死で過ごしていたようだ。
もう家には帰れないかもしれないと覚悟したとき、頭の中に色々な思いが交錯した。
今生きているのに何故手術することによって病気が悪化して死ななくてはならないのかということがどうしても受け入れられなかった。誰でもそう思うはずだ。
今まで病気と向かい合って前向きに日々暮らしてきた私だが、今回だけは自分を見失ってしまった時期があった。
とにかく人にあたらないことだけは気をつけながら悶々とした日々を送っていた。
3回目の癒着療法を行う時点で病気の悪化が懸念されていたので主人も私も覚悟した上でのひとつの賭けだったのだ。
幸いなことにたいした熱も出ずに癒着だけはちゃんとしてくれて敗れた左肺は空気の漏れが止まった。
この時が精神状態がぎりぎりのところまで来ていたと思う。あとは痛みとの戦いになったが、命のカウントダウンが一時停止してくれたという安堵感があり頑張れたのだと思う。
これからはこの命拾いした大事な体を労わりつつ日々を暮らしていくつもりだ。
荷物は少しづつ持って帰っているのだが、ベッドの上で使っているクッションなどの大物がたくさんあり、明日は主人が車まで何回か往復しなくてはいけないだろう。私は酸素があるし、自分のショルダーバックさえまだ体が痛くて肩にかけれない状態なので、荷物を持つことができないのだ。
抜糸したので突っ張った感じはなくなったが肺の中の痛みはまだかなりあるので痛み止めの座薬を半分に減らされたが使っているし、痛み止めの内服薬も飲んでいる状態だ。
明日退院して土曜日にはいつも通っている呼吸器科に受信することになっている。なるべく早いほうが良いと言われたからなのだが、予約が取れなかったので早い時間に行かなくてはいけないのでちょっときついが仕方ない。
さあ、明日家に帰るぞ〜!▲ # by harue48 | 2006-06-14 16:10 | 入院生活 | Trackback | Comments(0)
退院しました
やっと念願の退院ができました。
帰宅してからごそごそしないつもりだったのに、洗濯だけはしてしまいました。
今夕食を食べたところです。
主人は安心したのか疲れがどっとでたみたいで爆睡してました。
私は宅配の注文を早速するためにパソコンの設定をしていたらあっという間に夕方になってしました。
今日は疲れているのでとりいそぎ退院したご報告だけさせていただきます。▲ # by harue48 | 2006-06-15 21:13 | 入院生活 | Trackback | Comments(3)