近江療養院本館(ヴォーリズ記念病院)
■竣 工 1918(大正7)年
■設 計 W.M.ヴォーリズ
■構 造 木造2階建(中央部3階)
■施 工 不詳
■所在地 近江八幡市北之庄町492
ヴォーリズ自身が、あまり丈夫ではなかったせいでしょうか、周囲の人間の健康維持にとても気を使っていたようです。
現在では、「ヴォーリズ記念病院」という総合病院になっていますが、開院当初の目的はサナトリウム(結核療養院)でした。
ヴォーリズ合名会社で勤務していた遠藤観隆が、肺結核が原因で亡くなったことが大きな要因になり、サナトリウムが作られそうです。
近江八幡の町から少し離れた、八幡山の山麓に近江療養院は作られましたが、その土地は元々近江ミッションの農園として開かれた
場所であり、琵琶湖にも近く、緑が溢れていて、療養するには最適の場所だったことでしょう。
建設の為の資金は米国の支援者A・D・ツッカーからの寄付金でまかなわれました。
大正7年に完成した本館(ツッカーハウス)、希望館(五葉分館)を中心にその後、新生館(昭和10年)、更生館(昭和12年)と徐々に、
規模が拡大されて行きました。
幾度もの増改築で、取り壊しになった建物もありますが昭和46年に現在の名称「ヴォーリズ記念病院」と改称され、総合的な医療や介
護にも対応できる医療・福祉施設となっています。
今では、大きな病棟が建っていますが、旧本館は昔と変わらずシンボルであり病院の顔となっています。
現在では管理棟として使用されている旧本館(ツッカーハウス)。
チャペルが作られたのは1936(昭和11)年。
今も変わらず、患者と職員が一緒に礼拝をしている。
チャペル内の祭壇。
左側には、ヴォーリズ直筆の書がある。
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