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■竣 工 1914(大正3)年
■設 計 辰野 金吾
■施 工 大林組
■構 造 赤レンガ・鉄骨造地上2階・地下1階
■所在地 東京都 千代田区丸の内 |
日本の鉄道は東京駅へ向かう電車を「上り」と呼び、東京駅から遠ざかる電車を「下り」と言います。
鉄道距離の測定のスタート地点となるゼロキロポストも、東京駅にあります。
まさに、「中央停車場」の呼び名にふさわしい、東京の表玄関。
東京駅は、八重洲口と丸の内口で印象が異なり、この赤レンガの駅舎があるのは丸の内口になります。
設計者は当時、日本の建築界の重鎮・辰野金吾です。
東京駅に代表されるような、赤と白のコントラストが見られる煉瓦のデザインは、「辰野式」と呼ばれるほど、辰野金吾が
多く用いたデザインです。
創建当時より、中央は皇室専用の出入り口になっていました。
赤レンガ駅舎の幅は南北に320メートルほどあります。駅舎としては異例の幅です。
皇室専用出入り口の左右にある改札(現在の丸の内南口・丸の内北口)は「出口用改札と「入口用改札」に完全に分けら
れていて、利用者にはとても不便だったようです。
このデザインと機能を見て当時まだ若手建築家だった遠藤新は、批判したといいます。
辰野は、西洋文化を取り入れこれから発展するであろう日本の顔となる東京駅を、諸外国に負けない立派な物にしたかっ
のでしょう。
東京駅の駅舎はオランダのアムステルダム駅を参考にしたのでは..という意見も聞きますが、それを否定する専門家も多く
いることも又、事実です。
昭和20年5月29日、太平洋戦争の終戦間近の東京大空襲により駅舎は焼けてしまいます。
創建当時、南北入口がある部分は3階建てで円筒形のドームが配してありました。
終戦後、2階建ての状態でドームは角形に変更されたのが現在の東京駅の姿です。
多くの都会の駅が高層ビル化する中で、東京駅はたくさんの人々に愛されながら解体を逃れてきました。
現在では、創建当時の姿に復元しようという動きも出ています。
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皇室専用入口。
左右に丸の内南口と北口がある。 |
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丸の内北口。創建当時は、円筒形ドームだった。 |
皇室専用入口。
普段は閉鎖されている。 |
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多くの乗降客を見守る窓。
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復興工事の際、航空機用のジュラルミンを使用して
再建されたと言われている、丸の内南口の天井。
ドーム下にある窓の向こうは、東京ステーション
ホテル(大正4年開業)の廊下になっている。
※こちらの写真はTOSHIさんにご提供いただきました。
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本当に横になが〜い東京駅
※こちらの写真はTOSHIさんにご提供いただきました。 |
Photo&word by Docile
Thanks tu Toshiさん
2002年7月
追録:2003年4月に重文に指定されたため加筆