ペチカの歴史


 私は、「赤レンガ」が好きです。
子供の頃から札幌の「旧道庁」が好きだったり、
とにかく「赤レンガ」の建物に惹かれるところがありました。
 その理由をあれこれ思い返すと「ペチカ」にあるように思います。

私が生まれてから、小学校へ入学するまでの僅かな期間、
わが家にはペチカがありました。
住んで居たのは、北海道の片田舎です。とても旧い建物でした。
 ペチカは、家の居間と他の部屋との壁にあり、
私はほかほかと暖かくなっている
ペチカの温もりが大好きで、よくほっぺたをくっつけていました。

 そんなペチカも現在では、あまり見られなくなり
(当時も珍しかったのかもしれませんが^^;)、
昔のペチカの写真や、ルーツなどを調べてみたくなりました。
 ペチカに詳しい方、ペチカに想い出がある方がもしいらしたら
情報をいただければ嬉しいです。
ペチカに関する参考図書など資料の情報もお待ちしています。
管理人Docileまでメールをお待ちしています。

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1.ペチカとは・・・。
 ペチカはロシアの暖房として有名ですが、元々は北欧地方の暖炉(囲炉裏)から発達したと言われています。
北欧では、17世紀に煉瓦造りのペチカを造る技術が確立し、ロシアへ輸出したことが、ロシアで普及したきっかっけです。
 ロシア式ペチカというのは、この後ロシアで改良され、技術が発達したものです。


2.日本におけるペチカ
 詳しい資料が無いので、ハッキリしたことがわからないのですが明治13年に、ロシアの暖炉技術者が北海道へ渡って
学校や、豊平館などに設置したのが最初ではないかと思います。
 確かに、西洋の技術や西洋館は居留地のあった長崎や横浜へ最初に入ってくるのですが、こと「暖房」ということに関して
長崎・横浜よりは箱館(函館)や札幌の方が、早かったのかもしれません。
(寒さの厳しさが違いますから^^;;)


3.ペチカの形
ロシア式ペチカには主に5つの種類があります。
「丸型」「長方形型」「三角形型」「正方形型」そして、わが家にあった「壁式」の5種類です。
特に、丸型は大正時代に日本で主流になったペチカで、別荘などの高級住宅に設置されたようです。
詳しい価格は不明ですが、当時とてもペチカは高価な暖房器具だったようで一般市民や一般住宅には高嶺の花だったようです。
そのため、普及しませんでした。
「壁式」のペチカは、(私はペチカというとこれしか浮かばないのですが)第2次世界大戦の時、日本が満州に進出した時、
満州の方が使っていたものが、戦後日本に普及したというお話がありますが、はっきりしたことはわかりません。
とにかく終戦を契機に、昭和20年〜21年頃には官公庁のペチカへの関心が高まり一般の住宅に多くの壁式ペチカが導入される
ようになりました。
敗戦で、満州から引き上げてきた、ペチカ利用者の声も普及の後押しになったようです。


4.ペチカの発展
ペチカは日本でいうと、昔の日本家屋にあった囲炉裏や、北欧の暖炉が始まりでしたが現在では、戦後最も急速に普及した
「壁式」が市場のほぼ100%を占めているようです。


5.ペチカの煙突
 サンタクロースは煙突から入ってくる・・・と言いますが、私が小さい頃はペチカのある家に住んでいたので、もちろん炉の煙を外へ
出す煙突がありました。(そのせいか、未だに煙突が好きです^^;)
 ペチカに煙突は不可欠なもので、煙突の良し悪しがペチカの燃焼に大きな影響を与えていると言われています。
煙突が必要だと、なかなか都心では設置するのが難しいですね。

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