旧小田良治邸


■竣  工   1924(大正13)年
■設  計  J.M.ガーディナー
■構  造  木造2階建塔屋(天体台付)
■施  工  不明
■所在地  東京都港区六本木5-15



 旧小田良治邸はガーディナーの晩年の作品にして、秀作だと思います。
 個人住宅に天文台がある...これ以上の贅沢はないように思います。

 現存しないのが、非常に残念です。
 旧小田良治邸はのちにフィリピン大使館として利用され、その後空き家となり、取り壊されています。

 ガーディナーと小田良治の出会いは大正の初めか、明治まで遡ると考えられます。
 何故かというと、ガーディナーが、現在の六本木にこの天体台付きの見事な洋館を設計する以前の大正2年に札幌に建設された小田良治邸を手がけているからです。
 詳細はわかりませんが、札幌の小田良治邸は、ガーディナーの助手であった荒木賢治が殆どを任されていたと言われています。
 「小田良治」を語る上で、近代建築的に名前があがるのは、神奈川県葉山町にある旧小田良治別邸(昭和12年)があります。
 こちらは、現存していて鹿島建設の研修センターとして生まれ変っています。設計にガーディナーは関与していません。

 札幌・東京の洋風住宅と葉山の別荘。
 いかにも「お金持ち」そうな小田良治とはどんな人物だったのでしょう。

 小田良治は明治5年大分県生まれです。
 アメリカやヨーロッパへの留学経験があり、国際経験が豊富な人物でした。
 明治32年三井物産札幌出張所初代所長に着任し、明治39年には支店長にまでなります。
 ところが明治41年には三井物産を退社し、幌別に旭鉱山を開いたり、友人が経営する「五番舘興農園」へ資金援助をするなど実業家として頭角を現します。
 旭鉱山は、金・銀・銅などを産出する「宝の山」となりました。

 明治42年、友人が経営していた「五番舘興農園」を引き継ぎ、「デパートメントストア五番舘」として、百貨店経営をスタートします。
 これが、北海道初の百貨店です。現在は札幌西武になっています。
 多くの百貨店が呉服屋から出発していることを考えると、とても異色です。
 小田良治はアメリカの商業学校を卒業していて、西洋文化にも詳しい人物でした。
 「デパートメントストア五番舘」は、当時、カタログ販売を行うなど斬新な販売スタイルで、話題になりました。
 国際経験を生かし、おしゃれな輸入品も多く取り揃えていたようです。
 五番舘経営が軌道に乗っただろう大正2年、札幌の小田邸が竣工します。

 小田良治のアイディアは留まることをしらないようで、1923年(大正12年)にはフォードと提携して、五番舘で自動車の輸入販売を開始します。
 これが、札幌トヨタ自動車の前身です。
 ガーディナーが小田邸を手がけることになった経緯は、分かりませんが国際感覚があり、社交的だった小田良治がどこかのパーティ等で、ガーディナーと出会った
可能性が高いのではないでしょうか。

 小田良治は昭和18年2月に永眠しています。



旧小田良治邸
天文台から、どんな星を眺めていたのでしょうか...。



この写真は1995年5月に撮影されたものです。
写真をご提供いただいた松本さんのサイトには、旧小田邸の他の写真や、すでに失われた貴重な都内の建物の写真があります。
ぜひ、ご覧ください。
Site Y.M. 建築・都市徘徊



PHOTO By Yasuo Matsumoto
WORD By Docile
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